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4.1 - ファンタオレンジと秋の空

今日の3時のおやつは鳩サブレー。今井さんが土日で鎌倉に行ってきたらしく、そのお土産だった。

「本当は午前中に配ろうと思ってたんだけど、次から次へ電話がかかってきていつの間にか昼になってたんだよ」今井さんはそう言うと鳩サブレーをがりりとかじる。

「月曜日の朝の忙しさって異常ですよね。」インスタントコーヒーを入れた紙コップをトレイに3人分。まず今井さんの前に置くと、ありがとうと会釈してくれた。

「みんなそんなの分かりきってるんだから、少しくらい電話を分散してきてくれてもいいのに」リエは頬を膨らませたままコーヒーを取ると、鳩サブレーの首をぱきっと割って口に運んだ。

「そうしてくれるとすごく助かるなぁ。せめて休み時間くらいはほしいよ」

「でもみんなが月曜日に気を使った結果、金曜日の午後に電話が鳴りっぱなしとかなったら最悪なんですけど」私は言いながら、袋に入った鳩サブレーをしっぽのほうから割ることにする。いくらなんでも首をひと折りにしてしまうのはかわいそう過ぎる。

「うーん……そしたら私は隙を見て帰るかなぁ。あとは来週にしてーって。」と、リエが笑う。

「そして月曜日がまた大変になる、と」今井さんがはははと笑った。

袋を開けて一口目をぽりぽり咀嚼する。「……これおいしい」
 思わず口に出た。話の腰を折ってしまったかな。

「でしょ? やっぱり川村さんもそう思うよね。鎌倉で鳩サブレーって定番中の定番で面白みがあんまりないけど、でも至高だし究極のお菓子。俺もこれ好きなんだよね」

という今井さんの言葉に、リエも笑って続ける。

「おいしいし日持ちもするし、私も誰かにお土産渡す時には横須賀土産だよーって騙して渡しちゃうなぁ」

「でも1枚余っちゃったんだよなぁ。皆川にもう1枚あげようと待ってたんだけど、あいつ午後イチからどこかに行っちゃって全然戻ってこないんだよ。」

「なんでそこで女の子にあげようって考えに行かないんですかー? 甘いものといえば女の子なのに」リエが恨みがましい視線を送る。

「や、先週皆川に鎌倉行くって話したら、『鳩サブレーでお願いします!』って強烈に押されてしまったから好きなのかと思って。――なんならあげようか大神さん」

「残り物もらっても嬉しくないです」

「うーん……じゃあ川村さんは食べる?」今井さんは困ったような顔をして私に白い袋を差し出してくる。

「いや……私もいいです。食べ物の恨みって怖いから」

「そうかぁ。じゃあ、やっぱり皆川を待つか」

「それにしても、皆川くんって甘いもの好きなんですね」

私は言う。皆川くんの印象というと、チョコチップクッキーに対する愛情を訥々と語っていた姿がまずはじめに出てくる。この課の男の人は基本的に酒飲みばっかりだから甘いものを喜んでぱくぱく食べてるっていう姿を見ない。その刷り込みがあったから、なんかとても珍しかった。

「うん。あいつはすごい。10時も昼休みも3時も、とにかく何かあればお菓子を食べてる。砂糖漬けになってるんじゃないかと思うくらい」

「今井さんもけっこう食べるほうですよね」横からリエが口をはさむ。

「俺はお菓子は嗜むくらいなんだよ。コーヒーが好きなんだ。お菓子なんてコーヒーの調味料みたいなもん。」

「その意見には賛同できないなぁ」リエの手元の鳩サブレーは、いつの間にかしっぽしか残っていない。「甘いものに全てを委ねるのがいいんです」

「委ねるのもいいんだけど。皆川の食べ方見てると胸やけしてくるんだよなー。とにかく甘いものをぽいぽい口に放り込んでいくんだ。で、喉乾いたって冷蔵庫からコーラを出してくる」

皆川くんの席は私から離れている。私とリエが向かい合わせで、一番の通路側。そこからシマは窓側に伸びて行って、隣が今井さんでその斜め前が皆川くん。リエの隣の隣と言うこともできる。机ひとつひとつが大きいから、隣ともけっこう離れている。だから同じシマにいると言っても距離が結構あって、あんまり一緒のタイミングで休憩したことはない。今井さんは一個分近いから、一緒に休憩することも多いのだろうと思う。

「それにしても、皆川くんが甘いもの好きなんていう、そんな初級者向けの情報も知らないなんて、千佳子さん、それはちょっとかわいそうなんじゃないの?」

「……何が?」初級者向けの情報。それはもう何度も見せつけられてよく知っている情報ではあったけれど、めんどくさいから黙っておくことにする。

「皆川くんのことをもうちょっと見てあげてもいいんじゃないかってこと。」
 リエはまたいらないことを言いだす。しかも他の人がいる前で。

「ん? 何それ?」こういう話が大好きな今井さんも乗ってきてしまう。また話が面倒になる。

「ちょっと前から思ってたんです。皆川くん、千佳子さんのことをけっこう気にしてるなーって。なんかお昼のときとかもちらちら見てるし。」

「へー。そうなんだ。なんか微笑ましいなぁ。」
 微笑ましいって。その評価はおかしいと思う。

「まだ何も分からないんですって。あんまり憶測で物を言ってもしょうがないでしょ。」12の不利な状況ではあるけれど、とにかく私は反論する。

「いいじゃん。皆川くん、若いし。見た目も爽やか青年で悪くないし」

「残念ながら、私には彼氏がいるんですよー。」
 だんだん寒くなってきたとは言っても、省エネのため10月に入った途端に冷房を止められてしまった事務所の中は暑い。両手でぱたぱたと顔を仰ぐ。

「彼氏?俺のことだっけ?」今井さんは自分を指さす。

「妻帯者は恋愛関係に入っちゃダメです」リエは舌を出す。その後で私のほうを見る。「でも惜しいよー。あれは押せば行ける気がする。私だったら確実に行くと思うよー。残念だなぁ」

「ほっといてください」

この年になると恋愛はちょっとずつ重くなる。リエには分からないだろうけど。遊んでる場合じゃないんだ。

鳩サブレーを細かく割って、ぽりぽりとかじる。粉っぽくて、口の中はとても甘いけれど。
 甘い未来が描けずにいる私は、ため息しか出ない。



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