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6.3 - じゃがりこと金木犀のある帰り道(3)

「今日はいい日なので、なんでもおごりますよ。」

と皆川くんは言うけれど、突然コンビニでそんなことを言われても。特にほしいものなんてないのだけれど。

皆川くんに付いて、広くはない店内を歩く。当然のように、真っ直ぐお菓子売り場へ入っていく。

「夕飯前なのに、お菓子なんて食べてていいの? お腹いっぱいになって夕飯が食べれなくなっちゃうよ」

という私の指摘に、皆川くんは、

「ものをおいしく食べるためのスパイスって知ってますか?」

と、質問で返してくる。

「……えーっと、空腹?」私は仕方なく答える。

「それが一番のスパイス」と皆川くんは言う。「2番目のスパイスとして、帰り道の買い食いっていうのもあるんですよ。」

「言われてみればそうかも」

「だったら、空腹の帰り道で買い食いって最高だと思いませんか?むしろやらないと勿体無い」

中腰の体勢で下のほうの棚を見ながら言う。右手にポポロン、左手にメンズポッキーの箱を持ちながら、うーんと考え込んでいる。

私はそれを、立ったまま見ている。「皆川くんって、本当に甘いもの好きだよね」

「その言葉は正確じゃないです」皆川くんはおもむろに立ち上がった。「お菓子なら何でも好きなんです。甘くなくても」

「ふーん」私と比べればずいぶん身長差があるとは言っても、皆川くんの身長は原田君と比べると低い。狭いコンビニの中で、思った以上に近くにあった目に驚く。

そんな私に気付いたのか気付いていないのか、皆川くんは棚のいちばん上にあったお菓子に手を伸ばした。

それはじゃがりこだった。じゃがバター味。

「今の気分はこれです。これ食べましょう。これでいいですか?」

私に聞いているような口ぶりで、でも、私の意見など関係なしにもうレジに向かって歩き出している。

「って、あれ? 私もじゃがりこ食べるみたいな話になってる?」

レジに向かってじゃがりこを差し出し、財布の中の小銭を探し始めた皆川くんの横顔に向かって尋ねる。

「もちろんそうですよ。この量を一人で食べられると思いますか? それに、じゃがりこは一人で食べるんじゃなくて他の人と食べるから意味があるんです。」レジに200円を差し出して、皆川くんは悪びれる様子もない。「もし他に何か欲しいものがあるならばいっしょに買いますけど」

「――いや、いいです」

ありがとうございましたーという店員の声を背中で聞きながら、支払いを終えた皆川くんの後ろに付いて店を出る。

皆川くんは自転車にまたがると、重力を忘れる身軽さで自転車に跨ってスタンドを蹴り上げた。こんな商店街の雑踏の中で、世界の窮屈さを笑い飛ばすようなその自由さを、私は見つめる。

「裏道から行きましょう」皆川くんはコンビニの横、国道の脇にひっそりと伸びた横道を示した。「二人で買い食いしながら帰るには、この道は狭すぎる」

するりと自転車を走らせ始めた皆川くんに遅れないように、私はその後を着いていく。暗い道だなぁというのが最初に感じた印象だった。道幅はある程度広いけれど、車は通っていないし、街灯もぽつりぽつりと点在して弱い灯りを撒いているだけ。横目でいつも見ながら気にも留めなかった道だった。

「大丈夫なの? なんかすっごく迷いそうなんですけど」

脇道は大きくカーブしながら伸びていって、いつも歩いている国道からどんどん遠ざかっていく。今自分がどっちの方向に向かっているのかも分からなくなり始めている。これは本当に正しい道なのか。

私の心配などどこ吹く風で、皆川くんはペダルを大きく踏み込む。自転車はさらにスピードを上げる。そこまで加速されると、歩いている私はどんなに頑張っても追いつくことができない。いくら会社から外に出る仕事がないから、ヒールの低い靴を履いてきてるっていったって。

随分遠く離れてしまって、ちょっと待ってよ、と切れかけた息で言おうとしたとき、静かなブレーキの音を長く伸ばしながら自転車は止まった。

「大丈夫ですよ。だって地元だし」

ずいぶん引き離されてしまったから、皆川くんの顔はよく見えなかった。でも声だけは、やけにはっきりと聞こえた。

「だから、ここだと星がよく見えることも知ってるんです」

歩を進めるごとにゆっくりと近づいてくる皆川くんがくるりと私に背を向けたのが分かった。はっきりと空を指さした皆川くんの右手を追って、私は空を見上げた。

いつの間にか夜になっていた。

遠くにぽつぽつとある街灯と、自転車にくっついたオレンジ色の光。それらは星明かりをかき消す明るさを持ってはいなかった。

暗闇の中に大きな星がいくつもきらきらと瞬いていた。低空には完全な形のオリオンだって見えた。

「横須賀でこんなに星が見えるなんて知らなかった」

私にとっての横須賀の記憶は、ほとんどがあの狭い商店街とオフィスの風景。そして海風に覆われた曇り空。星を見たことがあったのかさえ自信がなかった。

「今日はずっと空気がきれいだったから。こんなに見えるのは滅多にないですよ」空を見上げたままの皆川くんが言う。「じゃがりこを買ったのは、ここで川村さんとこれが見たかったから、というのも理由です」

皆川くんの言葉ははっきりと私の胸を突く。どうしてこの人は、こんなに的確に言葉を架けることができるのだろう。

背後に背負った星空が明るくて、皆川くんは陰しか見えなかった。まだ追いつけずにいる私は、皆川くん越しに煌めく夜空を見つめる形になる。

私は、言葉を返すことができずにただ黙りこむしかない。その気詰まりをごまかすように、ほとんど無いヒールの音をかつかつと響かせて近づいていく。何故だか高鳴ってしまっている心臓に、辿り着く前に静まってほしいと願いながら。

ぼやけていた自転車の灯りは少しずつ形をはっきりさせる。やわらかな風にはためく緑色のウィンドブレーカーの色も見えてくる。

お互いに手を伸ばせばなんとか触れられるくらいの距離まで辿り着いて、ようやく皆川くんが手を伸ばし私に何かを差し出していることに気がついた。そして、いつの間にかこちらを見ていることにも気がつく。

「買い食いしましょうよ」

じゃがりこの青いカップが握られている。いつの間に開封したのか、既に皆川くんは数本を口にくわえていた。

夕飯前だから、さっきまでそんなものを食べる気はなかったけれど、今、皆川くんの手に握られたオレンジ色のじゃがりこは、とてもおいしそうに見えた。

「ありがとう」

私は一本をカップから抜き取り、かりっとかじる。エシレのフィナンシェとは比べるべくもない、不二家のホームパイにさえも及ばない弱々しい香りのバターだけど、ふわりと舞っては一瞬で消えるその香りはとても優しくて、私を安心させる。

車輪はからからと回り出し、私たちは並んで歩きだす。自転車とじゃがりこを間にはさみながら。

皆川くんの右手はハンドルの首とじゃがりこを一緒に持っていて、持ちづらそうだったから「持っててあげるよ」と左手でじゃがりこのカップを受け取る。その時に密やかに触れ合う指。

「ありがとうございます。でも全部食べちゃダメですよ」

そう言った皆川くんの顔はよく見えなかった。

普段通っている商店街からは考えられないほどに静かな道だった。車さえ通らない。もちろん信号もないから、灯りは僅かな街灯と家から漏れ出る光しかない。

ぽりぽりとじゃがりこを食べる音と、カップの中で幾度となく触れ合う私たちの指。

暗くて前が見づらいから、そこにまで注意を払う余裕がないだけ。

「新しい大変な仕事が突然降ってきて、なんかすごくイヤな気分だったの」話す気はなかったのに、音も光も希薄な世界に言葉が吸いだされたみたいだった。「でも、ちょっとだけ元気が出た」

「それは良かった。川村さんのお役にたてる日が来るなんて、とても嬉しい」皆川くんは大袈裟に喜ぶ。「それにしても、新しい仕事ってなんですか? 助けられることがあるなら助けたいなぁ」

「助けなんてやってる場合じゃないよ、皆川くんは現場のメンテナンスを頑張ってください」

「営業の先輩がかけてくれる言葉じゃないですよね」

私が笑って、皆川くんも笑った。ふうと息をついて私は言う。

「新製品の担当なんだって。YFS625?なんかそんな感じの名前」

「ふーん」そうですか、と皆川くんは言った。「YFS625。川村さんが関わってくれるなら良かったなぁ」

「ん? 知ってるの?」

「もちろん知ってますよ。あれです。僕が関わってた新製品」

あぁ。そうか。と思った。確かに新製品なんて年に何度も出るものではない。

「皆川くんの仕事が、回り回って私を苦しめることになるのね」私は笑った。

「いやえーっと、そんなつもりで作ったわけでは……なんかごめんなさい」

「大丈夫だよ。それなら別にいいの」皆川くんのつくったものだと聞いて、不思議なほど不快感は消えていた。「ただ、大変な時には責任を取って手伝ってくれると嬉しいな」

「できることなら何でもやりますよ。助けられるならとても嬉しい」皆川くんも笑う。「初めて言いますけど、僕は川村さんのファンなんです。」

ちかりと一回だけ明滅した小さい光みたいな、何気なく投げられた言葉だった。波は一回だけどくんと打って、後には熱だけが残される。

知ってるよ。と言おうか迷ったけれど、あまりにも浅い呼吸に言葉は出てこなかった。

どんなことを言えばいいのか分からないままに、私たちは無言で歩き続ける。
 そのうちに、歩いていく先に大きな光が見えて、だんだん近づいてくる。

「そろそろ駅ですね」徐々に多くなる街灯と建物が星空を覆い隠していく。そして私と皆川くんの距離はどんどん明るく照らされていく。

じゃがりこはいつの間にかすべてなくなっている。

自転車がすっと止まり、私はつられるように立ち止まって皆川くんを見る。

「多分、新製品の関係でこれから一緒に仕事をすることも多くなると思います。だから、よろしくお願いします」

皆川くんはすっと右手を差し出してきた。右手を絡めるように、握手をする。戸惑った私の右手は、皆川くんの手にがっちりと握られる。

暗闇の最後の残滓に隠れるように、皆川くんとはっきり目を合わせながらの握手。

いつの間に戻ってきたのか、さっきまで忘れていたきんもくせいの香りが漂っている。すぐ近くに花があるのかもしれない。とても強い。

私たちの距離を、薄ぼんやりとした光ときんもくせいの香りが埋め尽くしている。それはまるで雲みたいだった。

「よろしくお願いします」

私には、それ以外は何も言うことができなかった。私の右手を掴む大きな手があまりにも暖か過ぎて。



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