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7.1 - タルトタタンとベイクドチーズケーキ

「人が恋に落ちる瞬間なんて、だいたいそんなものだと思う」

と、いつも行っていた喫茶店の一番奥の席、大学生の頃の由紀は私にそう言った。赤い大きなリボンがふわりと揺れた。

甘くて暖かい飲み物が好きな由紀に、8号館で原田君に教えてもらったコーンポタージュの飲み方を教えていた時だったと思う。どこまで詳しく話したのかは今となっては覚えていないけれど、とにかく由紀はそう言った。

あまりにも鋭すぎる由紀の読みにどきりとしながらも、まだ大学生の頃の私は首を振って否定した。

「――違うよ。恋に落ちた瞬間なんかじゃない」

「うん。そうだと思うよ。千佳ちゃんを見てた私には分かる」由紀はにっこりと笑って答えた。「千佳ちゃんはもっと前からずっと原田君ばっかり見てたってことが」

私はいつも、その手の話を聞く側だった。由紀にしても、他の友達にしても、能動的に自分の話をする人が周りに多くて、自分の話をする機会があんまりなかったのが一つ。そして、あんまり私が恋愛にエネルギーを使うことがなかった、というのがひとつ。

予想外の成り行きになんと答えればよいのか分からず、目の前の席に座る由紀から目をそらす。カップの中でたぷたぷ揺れるコーヒーを口に運ぼうとして、やめた。

「……そんなに分かりやすかったの?」

「うん。私にはね。長い付き合いだから。なんかオーラが変わったの」

「オーラねぇ」

由紀は恋愛をしていて、私はそれを遠くから眺めている。高校のころから3年以上も続いていたそんな関係。その由紀にこんなことを言われるなんて想像もしていなくて、どういう態度を取るべきなのか良く分からなかった。

「そういう由紀のほうは最近どうなのよ。なんか全然運命の人の話を聞かなくなっちゃったけど」

高校の頃からもう何人分聞いたか分からない、由紀の『運命の人』の名前。大学に入ってからもしばらくは同じように続いていたけれど、最近はほとんどそういう話も無くなってしまった。

「うーん……なんか、しばらくはいいです」

由紀はタルトタタンにフォークを入れて口に運んだ。その一口はとても小さい。

「そうなんだ。それは由紀っぽくないなぁ」

由紀は、いつでも必ず誰かを全力で見つめていた。そうすることが自分の存在理由であるかのように。
 とは言っても、その恋が実ったところをほとんど見たことがなかった。『遠くで見つめているのがいちばん美しい形なの』と、由紀はよく言っていた。

私の言葉に、由紀はふふっと笑った。「原田くんなんて、すごくいいなぁと思っていたんだけど」

由紀のその言葉にどきりとする。

「えーっと……いや、別に。原田君が好きっていうならば止めないし応援するけど」もちろんそれは本心ではなかった。

「いや、いいです。あなたたち二人の間に割って入ることなんてできそうにない」

そう言った由紀の表情を、今は覚えていない。ただその言葉の意味を考えていた。

「もし、運命の恋人っていうのがいるんだったら」由紀はこちらに身を乗り出した。つられるようにその目を覗きこんだ。「私の知ってる中でいちばんそれに近いのはあなたたちなんだと思う」

「そんなに深いつながりじゃないよ。」思わずカップを手に取ってしまったのでコーヒーをすする。まだ暖かかった。「たまたま同じ年に同じ大学に入っただけ。この広い大学の中で、同じサークルに入っただけ。何個かの偶然が重ならないと繋がらないような、そんな弱々しい背景しか持ってないんだよ」

「だからすごいんだよ」カップ越しに、見つめる由紀と視線が合った。「とても遠くて、交わるはずのなかった二人の距離。それがいくつもの偶然を重ね合わせて無理やりにでも交わったんだもん。運命に導かれてるとしか思えないの。それも、こんなにバランスのいい二人が」

「バランス……いいのかなぁ」

いつも私が見上げるだけの身長差を思う。30センチの差は大きくて、慣れない頃は首が疲れた。最も、あの身長の隣に立ってバランスがいいと言えるのはリエくらいのものだと思う。由紀だってそんなに背は高いほうじゃない。

「もし私が運命の人って呼べる人と出会えたなら」由紀はロイヤルミルクティーをすすってテーブルの上のタルトタタンを見つめた。「このタルトタタンを半分こにして食べたいって思ってるんだ」

りんごがぎゅっとつまってて濃厚で、ものすごくおいしいんだけど。ただ、大きすぎて食べきれないの。由紀はそう続けた。

「本当に可愛い食べ方だよね、由紀は。リスがヒマワリの種を食べてるみたいで。正しい女の子の食べ方。私は食べるの早いからうらやましい」

私の前のタルトタタンはもうあらかた食べつくされているけれど、由紀の前にはまだきれいな形でほとんどが残っている。

「千佳ちゃんは、いったいどこにそんなに入るのよ。私より身長低いのに」

「私だってそんなに大食いじゃないよ。多分。ここのケーキはおいしいから、お腹いっぱいになっても、もう少しもう少しでいつの間にか全部食べ終わってるんだ」

「なんか身体に悪そうだよ、それ」

「大丈夫だよ。もし由紀が食べきれなかったら、勿体無いからそれも貰う」

確かにもうお腹いっぱいだけど。ここのタルトタタンならまだあと一個は食べられる。

でも由紀は首を横に振った。

「それはダメだよ。私がタルトタタンを半分こにするのは、運命の人だけって決めてるの。」

今日は一人で食べきる。だからもう少し付き合ってね。と、由紀は言った。その辺りのこだわりはずっと変わらない。私にはよく分からないけれど。

「逆に、もし原田君が千佳ちゃんの運命の人だったとして」由紀はタルトタタンをフォークで突っついている。「何かやりたいことってある?」

まだそういうのよく分かんないし。と笑ってみたけれど、その由紀の質問に、私は本気で考え込んでしまう。

「やりたいことかぁ……あんまり考え付かない。今のままずっといられたらいいなぁって思うだけ。由紀にはそういうビジョンがあっていいなぁ」

「何も変わらないっていうのが、もうバランスのいい証拠だと思うんだよね。」

「あぁ、でも。由紀がやりたいやつ、いいなぁ。タルトタタンを分け合うって」

「千佳ちゃんもやってみてよ。一人じゃ食べきれないから」

「2種類を半分ずつにすれば両方食べられて嬉しいと思う。タルトタタンのほかにベイクドチーズケーキも食べられる」

私が言うと、由紀は、

いいなぁそれ。私じゃ絶対食べきれない。と言って笑った。


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