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1.1 - 社員食堂のタコライス(1)

食堂にはブラインドがないから空がよく見える。オフィスは昼間でも蛍光灯の光に溢れてあんなに明るいのに、窓の外を見るともっとずっと明るくて、その明るさにまだ慣れない。昼休みのざわめきにふわふわと揺られているみたいだ。

うろこ雲が広がっている。ゆったりと海へ向かって流れて行く川みたいに、自由気ままに広がっていく。それがうらやましい。思考は笹舟みたいに流されていく。広がって、広がって、あとはいったいどこに辿り着けるのだろう。手編みのマフラーみたいにやわらかく秩序にみちた波に揺られながら、うろこ雲は窓の外を横切ってそのまま見えなくなってしまう。壁が邪魔だ。

壁がなければどこまで行けるのだろうか。向こう側に広がっているだろう海を越えて、空を越えて、もしかしたら宇宙にだって行けるのかもしれない。

目の前の椅子が引かれた音がして目をやると、リエがうどんのどんぶりをテーブルに置いてまさに座ったところだった。

制服の、紺のスカートをぱんぱんとはたいてリエが口を開く。「待たせちゃってごめーん。うどんにちょっと待たされちゃって」

「なんかずいぶん時間かかってたね。何かあったの?」

「最初、わかめうどんで頼んでたんだけど。前の人が頼んでたたぬきうどんがあまりにもおいしそうで思わず釣られちゃったの」

「釣られたって、何をどうしたの」

「ちょうど次に待ってた人が木村さんで、たぬきうどんの食券持ってたから。交換しませんかって言ったの」

「……いつも食べてるたぬきうどんに、よくそこまで情熱を燃やせるものね」私たちの横を通りがかった木村さんに、リエはありがとうございましたーとにっこり笑いかける。木村さんは笑いながら手を挙げる。

「わかめうどんってカロリー低いし、体にもいいから。交換条件としては悪くないでしょ。木村さんもあんな感じで笑って、いいよって笑ってくれたし」

「まぁそれならいいけど……」

「で、しかも。その後で七味待ちですっごい手間取っちゃった。やっと取ったーって思ったら空だったの。騙されました。」

「……そしてまた、すごい量の七味ね」

「ちょうど隣で今井さんが七味を振ってたから、入れてくださーいってお願いしたら、7回くらいぱぱぱっと振られたの」

「――たかだか昼ごはん取ってくるくらいで、なんか随分楽しそうね」

「そうね。楽しかった。でも早く食べないと冷めちゃうから。早く食べよーよ」リエは手を合わせる。「いただきます」

私も手を合わせる。そしてタコライスのトマトをかじる。この社食の中ではかなりマシな部類に入るタコライスだけど、その中でもトマトはおいしくて良い。甘くてジューシィ。

「なんかもう、秋だよねぇ。あんなに頑張ってた夏はどこに行っちゃったんだろうって感じ。」横目に窓の外のうろこ雲を見ながら、リエは箸を咥えて首を傾げ、考え込むような仕種をする。「太陽にもだんだん元気がなくなってきたみたいに見える」

「つるべ落としなのよ」まだ正午を過ぎたばかりで、ぱっと見は1か月前とそれほど変わらない空は、それでもあの頃の暴力的なまでの眩しさを失っているように見える。太陽光線はどこまでも柔らかい。

「仕事終わって帰ろうとした時間でもう暗くなり始めちゃってるよね」リエはそう言ってから、声をかけてきた名前も知らない男性社員に笑顔であいさつする。手なんて振りながら。

リエとは大学のころからこの会社まで、ずっと一緒だった。お互いに途中で何度かの異動を経ながらも、今では同じ部署にいる。あの頃からリエは変わっていない。人を引き付ける輝きと、引きつけた後での人当たりの良さ。ずっと変わらずにいるリエに、私は取り残されているような気さえする。

「ちょっと前までは、まだまだ大丈夫だって思ってたけどさ」レタスは芯が舌に障って、あまり好きではない。私はがりりと噛み砕く。タコライスはそういうものもまとめてまぜこぜにしてくれるから食べやすくて良いのだ。「……一回気がついてみたらとっても早いの」

「ん? 何の話をしてるの?」リエは小首を傾げてじっと見つめてくる。大きな目。それはこちらへの当てつけにしか見えない。

「可能性の話よ」ふぅとため息をつく。「もう30もいつの間にか越えてる。あなただってそうでしょ。だんだん先が見え始める」

「見えてきたならいいじゃない」

「先が見えないことが見えちゃったのよ」つるべ落としにすとーんと落ちて行けばどんどんと加速度がついていく。その底なしの井戸はどこまで続くのか。

「先のことなんて、私にはまだ何も見えないからうらやましいよ。私も千佳子さんみたいにオトナにならないとまずいのかなぁ」そう言ってにっこりと笑う。

あなたには何も分かっていない。分かる必要がないからだ。箸を細やかに扱っている繊細な指は細くて白くて、触ってみれば何の抵抗もなくつるつると滑る。深い二重に縁取られた目はきりりと強い印象を与えるけれど、黒目が大きいからきつい印象にはならない。身長は私より15センチも高いから、私はいつも見上げなければいけない。そしてショートカットがよく似合う。リエ自身は『くせ毛で、もさもさして大変だから伸ばせないの』と言っていたけれど、ショートカットが似合うのは選ばれた人間だけだ。顔の造形だけで勝負できる人間だけなのだ。だから私は少なくとも髪が肩を撫でるまでは伸ばす。

「リエみたいな外見で生まれてきたなら、人生はもっと楽しかったと思うよ」自分のかさかさの手を見たらもうため息しか出ない。「誰でもリエにやられちゃうからなぁ」

「そんなことないよ。だいたい、いろんな人にちょっとずつモテたってしょうがないじゃない。いちばん好きな人に好きだって言ってもらえることが大事で、他のことはそのためのステップなの」

「ステップねぇ」そう言い切れるリエはやっぱりすごい。木村さん、あなたのことをステップとしてしか見ていない人がここにいます。

私のほうはというと、好きな人に好きと言ってもらえる、その辺りの自信すら最近では無くなりかけているから困っているわけなのだけど。

「それに、やられるっていう意味で言うなら千佳子さんだって。皆川くんなんてすっごい感じいいと思うけどなぁ」

「あぁ、皆川くんね。まぁあれは……」

ちらりと出口側を見れば、皆川くんを見つけるのはたやすい。いつも同じ席に、同じ人たちと座っているから。多分部署の先輩たちなのだろうと思う。声までは聞こえてこないけれど、元気良く受け答えしているのがここからでも分かる。そして会話が途切れた時、ちらりとこちらを見る。にこりと笑いかけてみると、気付かないふりですぐに会話に戻っていってしまう。

「今日は笑ってあげるなんてサービスいいのね」

いつのまにかうどんを食べ終えたリエが、頬杖をつきながら笑う。横目でにこにこと。

「私たちはサービス業だから。見られたらいつも笑顔よ」リエに対しても同じような笑顔で応対する。本当はただ気分が乗ったからってだけだ。

多分部署が全然違うから、昼ごはんの時にしか見ない皆川くん。彼が私を見ているのに気付いたのはごく最近だった。それまでも、遠くの席に座る皆川くんと目が合うたび、なんかよく目が合うなぁとか、私の顔に何かついてるのかなぁとか、仕事でなんかやらかしたかなぁとか思ってはいたけれど。だいたい、名前だって知らなかった。

それに早く気づいたのはリエのほうで、『皆川くんも随分しつこくあなたを目で追ってるよねぇ』と苦笑交じりの声で言われた時も、まさにその瞬間に目があったその人と「目で追ってる」の言葉がうまくつながらなかったほどだ。

「――皆川くん?誰?」困惑の表情を見せていたであろう私に、リエのほうが驚いたみたいだった。

「え。千佳子さん今、思いっきり目が合ってたじゃない。あの髪が微妙に茶色くてさらさらしてて、色が白いけど作業服がすっごい黒く汚れてる人」

リエの視線の先を目で追って、ようやくその時に初めて皆川くんという人の顔をちゃんと見た。明らかに年上であろう人たちと笑いながら昼ご飯を食べていて、若くて元気な人だなぁと思った。

その時には、それくらいしか感じなかった。

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