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←9.1 - オレンジの万有引力(1)    → (加速度第1部・あとがき)
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加速度

9.2 - オレンジの万有引力(2)

坂を上りきると、大きくて白い展望台があった。

「ここからの眺めが好きなんです」いつの間にか自転車から降りて押しながら上っていた皆川くんが言った。

展望台の周りには人影はまばらで、芝生でバドミントンをやってる家族連れや学生がいるくらいだった。

「きれいな割に、なんだか殺風景な場所だね」

「観光に来た人はみんなシーパラに行っちゃうし、地元民はこんな山に登らないで下の公園で満足しちゃうから、物好きしか来ないんですよ。だから静かで、落ち着けるんです」

「シーパラかぁ。懐かしいな」

八景島シーパラダイスという海のテーマパークは会社から車で30分くらいのところにあって、遊びに行くには便利なので昔はよく使っていた。

「最近は行ってないんですか?」

「そうだね。誘われることもほとんどなくなっちゃったし」私は笑ってみせる。

「ふーん。勿体ないなぁ。だったら今度、誘ってみようかな」皆川くんはそう言うと、背後に立つ私が返答に迷う暇も与えてはくれずに自転車のスタンドをがちゃりと下ろした。「さぁ、上りましょう」

やはり私は着いていくだけだ。何も言えない。ただ初めて見る景色に戸惑いながら着いていくだけ。

くるくると螺旋状に折れ曲がった階段を上がっていく。先は見えない。ただ自分が上へ上へとのぼっていく感覚だけがある。

「僕は海が好きなんです」前を行く皆川くんは、ふわりふわりと階段を上っていく。1段でも2段でも飛ばして上っていけそうなジャンプ。「それを、近くで川村さんと見たかった」

階段の先に空が見え始め、だんだんと大きくなってくる。皆川くんの動きはとても軽く、あと少しで空へと解けて行ってしまうように見えた。

私は思わず手を伸ばす。

何のためにだか、自分でもわからないままに。

でも、手を伸ばした瞬間には皆川くんは既に階段を登り切っていた。

皆川くんがこちらをくるりと振り向く。そしてこっちに手を伸ばしてくるのが見える。私の手が大きな手にくるりと包まれて、

いつも感じていた重力が一瞬だけ消えてなくなる。

皆川くんは私の手をつかんで階段の上へと引っ張り上げていた。

私の体重がもう少し軽かったら、本当に飛べていたのかもしれないけれど。そこまで軽いわけではない私は、階段の上でバランスを崩しかけただけだった。

「着きましたよ。これが横須賀の海です」

私は皆川くんの声に促されるように顔を上げる。

青かった。低い柵越しに見える世界は、ただただ青かった。

暖かな秋の終わりのハイヌーンに、水平線は空へと溶けていた。雲一つない空と海の境界は曖昧で、確かにこんな日には空を飛べてもおかしくないかもしれないと思った。

と ても静かだった。海の端のほうからタンカーが、空と海との境界を縫うように滑ってくる。航跡の波は飛行機雲のようで、白くたなびいたあとにゆっくりと青い 世界へ溶けて行った。その船がどの程度の大きさなのかはわからないけれど、ここからでは、取るに足らないとても小さな砂の一粒だった。

真横では、シーパラダイスの真っ白なジェットコースターが上っては下りを繰り返している。音もなく静かに。それは永遠に繰り返すフーガのようだった。

こんなに大きな世界の前に立った私はとても小さくて、この風景の遠さにくらくらする。

「近くに来てみて分かったけれど、海ってすごく遠いんだね」

おそらく後ろに立っているであろう皆川くんに向かってつぶやく。

「うん。すごく遠い」当然のようにそこにいる皆川くんは答えた。「でも、空と違って海には触れることができるんです。それが海の良いところ」

プシュ、と音がして、オレンジの香りがした。さっき来る途中に新しく買ったファンタオレンジだ。

歩き続けて少し疲れた私は、ステージみたいに広い柱の土台部分に腰掛ける。座るにはちょうどいい高さだ。座って上を見上げる。

「確かに、空には触れないよね」

ゆっくりと滑空しているあの鳥はなんだろう。カモメだろうか。とんびだろうか。穏やかに緩やかに空を渡っている。その優雅さ。私には到底真似できない。

「万有引力の話って知ってますか?」

「万有引力?」皆川くんの言葉は唐突だった。でも私はそれを確かに知っていた。「あの、りんごが木から落ちてくる話?」

「そうです。多分、ほとんどの人はあの話を誤解しているけれど。」

「誤解って。りんごが重力に引っ張られて落ちるっていう話でしょ」

「違いますよ。引力の本質はそうじゃない」皆川くんはふわりとジャンプして、私が座る場所に飛び乗った。「川村さんも体験すればわかります。なんか空を飛べそうな気分になる」

りんごじゃなくて、こんなのしかないけど。と、皆川くんはファンタオレンジの缶ボトルの蓋をきゅっと締めて、私と空の間に差し入れる。

缶は晴れた秋の終わりの光を反射して輝いていた。

「物と物は近くにあったら引き合うんです。どちらかだけが一方的に引っ張られるなんてことはありえない。」私は、自分のほとんど真上にあるファンタオレンジの缶を眺める。「すべてのものが持つから万有引力っていうんですよ」

そして、ある瞬間、皆川くんはファンタオレンジを離した。最初はゆっくりと、でもだんだんと加速しながら私とファンタオレンジは近づいていく。

私は地球よりもファンタオレンジの引力を感じ始める。空のほうへと引き寄せられていく。

私はファンタオレンジを引き付けたし、ファンタオレンジは私を引き付ける。地球の重力をずっと浴び続けていたから分からなかっただけ。

いや、違う。長い間、気づかないふりをしていただけ。

万有引力は、確かにずっと存在していたのだ。

その間にもファンタオレンジの缶はどんどん私のほうへ近づく。その加速度はとても大きい。いつの間にかものすごいスピードになっていて、ぶつかる、と思った瞬間に、横から皆川くんの手が伸びる。ファンタオレンジは私の視界から消える。私を引っ張ることをやめる。

私はただ空を眺める。ほんの一瞬ではあったけれど、確かに私は空のほうへと引っ張られていた。

お互いに引き合っていたのだ。

「やっぱりあの時に言えなかったことを、川村さんに言いたいです」

「うん」

ファンタオレンジを両手で弄びながら、皆川くんは私の真横に座った。その距離は何とも言えない微妙な距離だった。あと少しでも近づいたら引力に抗えなくなるような。

「僕はやっぱり川村さんが好きです」

「うん」

海は変わらず音もなく、穏やかだった。まるで世界中、私たちのほかに動いているものは無いんじゃないかと思えるくらいだった。

「もし、今、他の誰かのことが好きなんだとしても、僕のほうへと振り向かせてみせる」

「うん」

「いいですか、とか、聞かない。絶対にそうする」

私には、肯定も否定もできない。いいよなんて絶対に言いたくはないけれど。

ただ、この先どうなってしまうんだろう、という漠然とした不安だけが私の中を支配していた。私をずっと支配していた重力は、こんなにもあやふやなものだったのか。

こんなにも小さな私たちの熱は、いつか空気に溶けて見えなくなってしまうのだろうか。

「ねぇ、皆川くん」私は皆川くんを見る。とても自然に、二人の目は合う。「ちょっと、それ貸して」

皆川くんの手の中のボトル缶を指差す。ファンタオレンジが飲みたいんだ。と言う。

少し迷ってから差し出されたそのキャップを取って、口に付ける。

オレンジの香りがとても強い。

ファンタオレンジはまだ冷たくて、強い炭酸が私の喉を流していくかのようだった。

やっと飲むことができた。

私が長い間求めていたのはこれだったのかもしれない。

「長い間ここで働いてきたけど、こんなにいい景色が見られる場所があるなんて知らなかった」

私はファンタオレンジを皆川くんの手に返す。

「シーパラとかとか、みなとみらいとか。他の場所に比べたら地味ですからね」

皆川くんはそれをじっと見つめた後、ゆっくりと飲む。

「今日は、連れてきてくれてありがとう」

私たちはもう、引き返せないくらいに近づいてしまった。ゆっくりと、でも確実に近づいていく私たちの間の加速度は、もう、ごまかしようがないくらいに大きい。

「皆川くんのおかげで、この街がちょっと好きになりました」

引力に捉われた私はもう逃げられないし、逃げようとも思わない。

せめて今は、この穏やかな景色を目に焼き付けたい。



   (第1部・終わり)




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