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メルティーキッス

メルティーキッス#1 バレンタインに一番合うチョコレートを

そもそも私が姉に聞きたかったのはアーモンドチョコレートの作り方だったのだ。

それだって本当は、姉じゃなくて誰か他の人に教えてもらいながら作りたかったのだけど。友達に作り方を聞いて回ったら、

「知らない」

「なんか、すごくめんどくさいらしいよ」

「チョコレートなんて溶かして固めるしかやらないし」

という答え。そんなのばっかで誰も教えてくれなかった。

でも、どうしても作りたかったんだ。バレンタインまでに覚えたかった。せっかく作って渡すなら、自分が好きなものをあげたい。そして、たくさん作って私も食べたい。

6歳年上の姉は、お菓子と料理を作るのがとても上手だった。最近はぱったりと作ってくれなくなってしまったけれど、姉の作るシフォンケーキがとても好きだった。

バレンタインにはブラウニーやショコラムースなど、毎年のように新作を出してきていた。余った分をいつも味見させてくれて、そのおいしさにいつも感動していた。その中でも印象に残っているのがアーモンドチョコレートだった。

売っているアーモンドチョコみたいに、すべすべしたきれいな卵型というわけではない。形は不揃いだったし、ごつごつした岩みたいだった。けれど、とてもおいしかったのだ。

甘ささえ感じるその香気は、ただアーモンドだけのものというわけではなかった。奥深くまで華やかに輝いていた。そんなチョコレートだった。明治のアーモンドチョコレートよりもずっとおいしかった。

昔から、私にとってのチョコレートの理想はそれだった。

だから本来であれば、最初から姉に聞けばよかったのだ。あれの作り方を教えて、って。でも、あんまりそうしたくはなかった。できれば避けたかった。

19時前に家に帰ってきた姉は、ただいまーと靴を脱ぎ捨てて、そのまま自室にこもってしまった。多分こうなったらいつも通り、夕飯まで出てこない。

だから私は姉の部屋へと向かう。最近は自分から姉の部屋まで出向くことなんてなくて、ちょっと気が引けたけれど。でもこんなの、お父さんとかお母さんの前でしたい話じゃない。聞く相手が姉であるならばなおさらだ。

階段をそろそろと上って、ずっと奥にある姉の部屋の扉。閉め切られていてわずかな音さえも出てこない。意を決して、こんこんとノックする。

待ってみたけれど返事がない。

焦れてもう一度扉を叩こうと掌を上げる。そして振り下ろそうとしたときに姉が出てきた。部屋の中からローズの香りが流れ出る。

「ん? アンタどうしたの?」

Bluetoothの無線ヘッドホンをつけた姉は、既にスーツからジャージへと着替えている。ユニクロで買ってきた赤いジャージ。もう絶対に家から出ないつもりだ。

「えー……っと」ここで、忙しいのか、とか聞いたら、この人はめんどくさがってそのまま扉を閉めてしまうだろう。絶対に教えてくれない。だったら迷わずに、聞きたいことを聞かないといけない。「教えてほしいことがあるの」

「今忙しいんだけど」姉は取りつく島もなく、扉を閉めようとする。

「ごめん、すぐに終わるから聞くだけ!」慌ててこちらからもドアノブを引っ張る。「チョコレートの作り方を教えてほしいの!」

「ん? チョコレート?」姉は驚いた表情でこちらを見る。ドアを閉める力が緩んで、引っ張っていた私は転びそうになる。

「そう。いつか作ってくれたアーモンドチョコレート」

姉は腕を組んでしばらく考え込んでから、

「何? アンタ、オトコ出来たの?」と、にやりと笑った。「バレンタインの前日、人が頑張ってチョコを作ってる横で、気楽にテレビ見ながらげらげら笑ってたアンタにも。ようやく」

思わず言葉に詰まってしまう。やっぱり思った通りだ。姉はこういう話が大好きで、事あるごとにそんな話を面白がって私にふってくる。人に自慢できるような恋愛をしたことがない私はいつも小さくなるしかなくて、たまに反撃して聞き返したって姉の口から出てくるのはいつも違う男の名前だった。そうなってしまったら、もう勝ち目はないのだ。

だいたいバレンタイン前にこんなことを聞くなんて、目的が見え見えすぎる。だからイヤだったんだ。

「オトコなんてできてません」できてないから作るんです。チョコを。

「ふーん。若いねぇ女子高生。まぁ頑張るがいいわ」姉はにこにこと頷いている。何に頷いているのかはわからない。「でも残念だけど、アーモンドチョコはダメよ」

姉の言葉に私は反論する。「なんでダメなの。私はあれが好きなの」

「アーモンドチョコはすっごく手間がかかるし難しいのよ。アンタ、ちゃんとお菓子作ったことなんてないでしょ」

「……溶かしたガーナで星形のチョコレートなら作れる。作った」

あまりにも姉のお菓子がおいしすぎたから、私はずっと食べるほう専門だった。練習したって、絶対に姉よりもおいしいお菓子は作れないと思った。だとすると、私がお菓子を作れないのはある意味で姉のせいだと言うこともできるのではないだろうか。言わないけれど。

そりゃダメだわ。と姉は言った。そりゃ、頑張ればそれなりにはできるだろうけど、と。

「確かに、アーモンドがキャラメリゼされていく姿はとても美しいの。魔法で黄金色のドレスをまとったシンデレラ。でも、それがバレンタイン用なのだったら、作るのが大変な割に得るものがとっても少ない。なんでだか分かる?」

私は首を振る。

姉はふふっと笑う。人差し指を私の鼻の前に差し出す。

「味覚が子供過ぎるのよ」

その姉を、私は見上げる。

「子供なの? あんなに華やかな味のチョコレートなのに」あんなにおいしいアーモンドチョコレート、私の理想のチョコレート。それを子供すぎるだなんて。

そりゃ、姉に比べれば私はまだ子供には違いないけれど。

「チョコレートだけじゃ飽きちゃうからって、余計なものまで混ぜ込んじゃうの。あれもこれもって求め過ぎるから本質がぼやけてしまう。あなたが食べたいのはチョコレートなんでしょ?」

姉は笑った。ぽってりとした唇がつやつやと光っている。最近よく使っているというピンクローズのグロス。メイクが上手いのか、素材のなせる業か。いずれにしても、私ではこうはならない。

「チョコレートはキスと同じよ」その唇は艶めかしく動く。「せっかくバレンタインにあげるなら、男を落とすのにいちばんいいチョコレートを教えてあげるわ」

「いちばんいいチョコレート? なにそれ」そんなものがあるのか。

「言ったでしょ? チョコレートはキスと同じ。いちばんいいチョコレートはつまり、いちばん気持ちいい大人のキス」

「……分からないよ」キスなんてまだしたことのない私には、その感覚がどんなものなのか分からない。でも多分それは、ただ唇を合わせるだけのキスとは違うのだ。

「分からないなら教えてあげる。本当に気持ちいいキスを」

部屋の中と外、私たちの間にあった一歩分の距離は、姉の長い脚で簡単に詰められてしまう。私の鼻先を姉の長い髪が撫でて、ローズの香りがふわりと漂う。それはとても良い香りだ。

目を閉じて、と姉は言った。

え、嘘でしょ、と思いながら、それでも私はその引力に抗うことができない。

視界は姉によって完全に閉ざされて、心臓がどくんと脈打って、

暖かい体温が近づいてきて、

私の唇に何かとても甘いものが触れた。

そのまま私の唇を割るように、ぬるりと滑り込む。出そうとした声は虚空の中へ霞む。

熱い。

それは甘さの記憶だけを残して、熱の中へ溶けてしまう。まるで最初から私の中で溶けることを、私と一緒に溶けることを約束されていたように。

熱くて甘いチョコレート。

「……何これ」

口の中にはまだ熱を持った甘みが残っている。口の中に押し込まれたチョコレート自体は一瞬で溶けてしまったけれど。

「メルティーキッス。知ってるでしょ?どこにでも売ってる普通のチョコだよ」自分の指にくっついたココアパウダーをぺろりと舐め取って姉は言った。「男を落とすには生チョコレートよ。これは市販品だけど、生チョコには変わりないわ」

「なんで生チョコなの? 他にもおいしいのはいっぱいあるのに」まだ心臓のドキドキがおさまらない。それを隠したくて私はとりあえず言葉を発する。

「いちばん気持ちいいキスは、ただ唇を合わせるだけのキスよ。それだけで溶けちゃうんだから」

お腹のポケットからメルティーキッスの袋を取り出して、姉は自分の口へも放り込む。

「教えてあげるわよ、とろけるような生チョコのレシピを」そう姉は言った。

「……えーっと、それって、難しいの?」

「簡単だよ。誰にでも作れる」姉は、今日はもう疲れたから明日。と、ヘッドホンを再びかぶる。「本当に気持ちいいキスに、技術なんていらないのよ」

じゃ、と手を振りながら、姉はポケットからもうひとつメルティーキッスを取り出してこちらに放り投げる。ゆるやかな弧を描いた金色のパッケージは、きらきらと光をなびかせながら私の両手の中に収まる。

ゆっくり閉まる扉を、閉じた後もしばらく眺め続けた。

結局また、姉のペースだ。目的さえ変わってしまった。

金色のパッケージを破り、さっき姉がしてくれたみたいに、キューブを口の中へ押し込む。そう、確かにメルティーキッスはおいしかった。

まず最初に感じるのは熱の奔流。どうしようもなく熱く、強く、私をとろかし押し流そうとする巨大な波のうねり。

次に感じるのは抗いきれない甘さ。私の身体すべてが、そのただ一点の感覚だけを味わい尽くそうとするかのようだ。全身の感覚が集中し、その後、拡散する。春の巨大な桜のように全身が甘い。

最後に残るのは気怠さ。熱と甘さですべての酸素が焼き尽くされたみたい。息は早くなって心臓は大きく打ち始める。

そもそも私が姉に聞きたかったのはアーモンドチョコレートの作り方だったのだ。

だけど今は、どこまで行ってもやわらかく熱いメルティーキッスが、とても甘くて愛しい。



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