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春の結晶


 あなたは春ではありません。
 例えば桜。ある日突然、何万という花が虚空に生まれ出るのです。小さな花びらが南風に揺れながら、どこまで深く分け入っても消えることのない密度で空を埋め尽くしています。
 それは春で作ったジャムみたい。太陽の明るさでじわりじわりと身を浸して、とろとろの溶岩みたいにぐらぐら煮え立っています。
 透かして見ると、それは苺よりも鮮やかに、りんごよりも艶やかに、きらきらと春の始まりの朝日を乱反射しています。
 それはとても眩しいけれども、思わず逸らしそうになる目をぐっと堪えてその光を覗き込みます。文字通り、目に焼き付けようとするみたいに。


 なんだか、桜がいつもよりきれいに見える。あなたはそう言いました。あれは地震で崩れた事務所の内装を全部取り払った後のことでした。本棚もブラインドも壁紙さえも無くなった部屋で、窓枠に両手をぴんと伸ばしたあなたは窓際で桜並木を見下ろしていました。
 普段ならばブラインドに閉ざされていたから、窓の外なんて細切れにしか見えない事務所でした。でもあなたに言われてはじめて、外の世界の明るさに気がついたのです。
 事務所の外の世界があんなに明るいことを初めて知りました。帰るのはいつも暗くなってからだったから、そこには外灯に薄ぼんやりと照らされた夜桜しか存在しないと思っていたのです。
 そんなことをあなたの後ろ姿に向かって言いました。
 地震がなかったら気がつかなかった。こんなに崩れちゃったけど、悪いことばっかじゃなかったよね。ブラインドが無くなったおかげでこんな景色が見られたんだから。
あなたはそう言いました。
 どうしてもあなたの見る世界が見たくて、机から立ち上がりました。それはあなたがこちらを振り向いたのと全く同時だったように思います。
 ぱらぱらと降り積もる春の空気が、そのときに動きを止めたように見えました。もし春が世界に漂う何か無色で透明な波なのだとしたら、それはその間に次々と生まれては降り積もり重なり合って、目に見えないエネルギーを宇宙の一点に収束させていました。
 その中心であなたは笑っていました。
 その瞬間まで黒く塗りつぶされていた世界は、何万の桜を同時に開花させ、朝の太陽をプリズムみたいに反射しては集めてまわって、そのすべての光を躊躇なくあなたに注いでいました。
 春の粒子が凝集して形づくられたようなあなたは春の結晶でした。
 どこまでも純度の高い透明な春の結晶は、世界じゅうの春風を集めた温度で部屋を満たしました。世界を満たし、季節を満たし、乾ききった真空みたいな冬は消えてなくなりました。
 いくつもの上昇気流が生まれては弾けました。それはまるで、硬くて強かったこの星の重力がそのまま向きだけを変えてしまったようです。ずっとそこにあったけれど、だからこそ忘れていた片隅のシロツメクサの匂いのような。生まれたばかりの風はそんな懐かしさを持って吹き抜けました。
「春って、こんなに暖かい」
 金色の砂みたいにさらさらと落下する時間のなかで歌うようにそう言ったあなたから、目を離すことができませんでした。


 春の結晶は、すべてのものが形を変えてしまった後にひとつだけ残された炎のようでした。
 硬く冷え切った空気を、世界の中心でほどきつづけていました。


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