ノートの切れ端


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サニーサイドアップ

サニーサイドアップ - 1

 その日は朝からものすごい暖かさだった。日本じゅうの春を土の上からこんこん叩いて起こして回ったみたいに賑やかな冬の最終端だった。

 いつもよりも早く起きてしまったのは、朝の光が眩しかったから。冬の最後の破片みたいに透明なクリスタルガラスの輝きをもって、カーテンの隙間からこぼれ落ちていた。いちごの果汁が砂糖のほうへ染み出してくるような浸透圧で、暗い部屋の中にじわじわと始まりの予感が充満しつつあった。あまりにも暑くて、もう寝ていられなかった。

 ずっと寒かったから、ちょっと前に降った雪は昨日までそこらじゅうに残っていた。だから散歩の途中の犬は自分のマーキングをふらふらと探し回った挙句に小首を傾げて歩いて行ってしまうし、ちょっと大きめのステーションワゴンなんかはエンジンを盛大に空ぶかししながらゆっくりと通っていた。そんなふうに世界にストレスを与えながら、絶対に削られないし解けるつもりもありませんといった意志の強さを見せつけていた雪だけれど、カーテンをそっと押し開けて覗いてみた外の世界にはもう欠片だって残っていなかった。あの雪は、いったいどこへ消えてしまったのだろう? 毎日見ていたら歩く邪魔をする障害物にしか見えなかったけれど、無くなってしまうと世界のピースがひとつ外れてしまったような心許なさを感じる。

 朝ごはんにはハムエッグかベーコンエッグがいい。ウィンナーエッグに比べて形がきれいに決まるから。どっちにしたって主役は卵だから、それをどうやっておいしく料理するかが重要だ。まずはコーヒーメーカーのスイッチを入れる。このひと手間が朝の充実度をジャンプアップさせる。油を多めに入れたフライパンに、 まず卵を割りいれる。白身が固まりだしてから強火でカウント3、その瞬間にベーコンを2枚フライパンに投げ入れたら卵をひっくり返して片方の上に置く。も う片方の上には別の卵を割りいれる。跳ね飛ぶ油の音を消し去るくらいに澄んだ、卵を割るときのこんという音。それはだんだん強くなってくるコーヒーの香りを何倍にも濃密にする。朝の気配はこの部屋で圧力を増している。私の心臓を撫でるように、揉みほぐすようにノックし続ける。

 差し込む太陽の光と湿度にいぶりだされた冬眠明けの熊みたいにのそのそと、あなたはいつも通りのタイミングで起きだしてくる。リビングのテーブルにどしんと座る音を背後に聞く。

「おはよう」

「おはよう」

 二つの皿の上の二つの目玉焼きは、きつね色の香ばしいターンオーバーと上がりたての太陽みたいなぴかぴかのサニーサイドアップ。あなたはサニーサイドアップにしょうゆをいっぱいかけた目玉焼きしか食べないから。

 待ちかねたようにいそいそと黄身をつぶし始めるあなたを横目で見る。サニーサイドアップの良さは今になっても理解できなかった。とろとろに流れ出す黄身は美しくないし、卵の生っぽさに耐えられないのだ。

 あなたのライトブラウンの髪は起き抜けにぼさぼさと、密度の高い春の朝日を反射して、まるで成熟したライオンみたいに見える。

「今日は暑いな」

 あなたは箸も止めずに言う。まるで皿に向かって話しかけているみたい。見た目によらず低血圧ぎみのあなたはいつも通り、まだ目覚めきっていない。顔を上げるだけでも精神力を使うんだってよく言ってる。

「うん、やっぱり動物園かな」

「久しぶりだしな」あなたは頷く。寝癖の髪がぴろりと動く。

「じゃあ、サンドイッチ作るよ」

「やっぱり、動物園にはサンドイッチが合うな。そりゃそうだ」

 その硬くて大きい無骨な手からは想像もつかないけれど、あなたは半熟のサニーサイドアップを食べるのがとても上手い。いったいどうやるのか分からないけれど、とろとろにこぼれ出た黄身は、白い皿の上に痕跡さえ残さない。

「うん。昨日まで残ってた雪も、もうきれいさっぱりどこかに消えちゃった」

「雪か。足下を見てないと靴が滑るし、氷がばら撒かれてるのと同じだから足下が冷たいし、全然いいことなかったな、あれは」

 あなたの言葉に頷かなくてはならない。雪なんて、春への足枷でしかないのだから。でも同時に、その言葉を丸呑みするわけにはいかないんだ。あなたは、ピースが足りなくなったこの世界を見ても何とも思わないのだろうか。

「雪が解けたら、何になるか知ってる?」

 ありきたりの言葉は面白くなんてない。でも雪は、そんなものにさえ縋らなくてはいけないのか。

「そんなの水になるに決まってるじゃないか。氷と一緒だろあんな冷たいものは」

 あなたの視線は窓の外。雪が解けて、春の陽気が地面に反射しては昇っていく世界の広さを眺めている。

「そうじゃないよ、窓の外を見てよ水たまりなんていったいどこにあるのよ、あんなにいっぱい積もってたのに。氷じゃなくて雪なんだよ、ふわふわで冬の間じゅうずっと世界の一部だったような雪」そこまで言って息が切れた私を、あなたはどう思いながら見ているのか。視線は未だに外の世界。

「雪が解けると、春になるんだよ」

息が切れながらの言葉に、あなたはようやく私を見る。それは呆れたような視線だった。

「春が雪の後に来るんだったら、沖縄には永久に春なんて来ないだろ」

 沖縄? なんで沖縄が突然出てくるの、そこはほら必要条件だとか十分条件がどうとか、なんか高校の数学であったよねでもどっちがどっちだったっけ、と、反論もできずにぐるぐる回り続けている私に、あなたは更にもう一言加える。

「雪が解けて春になるなら、一体なにが解けたら夏になるんだ?」

 目の前にある春を、あなたはもう咀嚼している。無色透明の分厚い膜みたいな春を目の前にして身を硬くする私を横目に。

「夏…例えば期末テストとか」

 それを気取られたくなくて取り敢えず口にした私の言葉を、あなたは大きな声で笑い飛ばす。

「期末テストか! 確かにそれは解けないと夏休みが来ないな。そして冬休みも春休みも来ない。いつも怖かった」

「普段から準備しておけば、そこまで怖がることないのに」

 俯きたい気持ちを抑えて見据えたあなたは、春を前にしていつもと何も変わらないように見える。だからそんな言葉で非難されるのだ。

 でも、春の訪れを先延ばしにできるなら、期末テストなんて解けなくたっていい。いつまでも受けることさえせず、ずっと同じ教室のすみの席に座っていたい。




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