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2.1 - 丸の内マルゲリータ(1)

窓ガラスから透かして見る世界がどうあれ、外に出てみるとやっぱり暑かった。会社の玄関を出るとあまりにも眩しくて、手で日光を遮る。私たちが普段使っているオフィス棟から渡り廊下をはさんだ先には工場棟があって、青空に向けて高く突き出した煙突からは蒸気が吐き出されていた。もわもわと陽炎みたいに揺らめいていた。

横須賀の片隅の町はまだ夏の余韻を残している。アスファルト敷きの国道はじわじわと太陽の熱を反射して、潮の匂いを孕んだ風がはらはらと吹いていた。随分おとなしくはなったものの、まだセミだって鳴いている。会社から20分くらいの距離を歩く気にはなれなかったので、駅まで行くのにバスを使ってしまった。

駅に着いてしまえば、京浜急行のスピードは速い。とにかく揺れるけれども、JRをぐんぐん抜かして、いつの間にか品川に着いている。ちょっと考え事をしているうちに、気付けばとても遠い場所にいる。そこから山手線に乗り換えたらいつも通りの仕事。脇に抱えたちょっと大きめの鞄は、入っていたカタログをすべて配り終えて今はとても軽い。丸の内の駅前広場にあるベンチに座りながら、私は足をぷらぷらと休めつつ丸ビル方向の人の流れを見ている。

東京駅に着いたらまずは本社に向かった。これは総務からの預かり物の書類を渡すだけの子供のお遣いみたいなもので、別に私が行く必要もない。郵送でさえ事足りるけれども、まぁこれは東京に出てくるついでの仕事で、本当の目的は付き合いのある代理店への挨拶回り。4社もあれば、いかにカタログとはいえども結構な荷物になって重い。けれども、もっと重苦しいのは人とのやり取りだ。

あの会社のあのメガネで小太りの部長は、どのタイミングで行っても必ず出てくる。わざわざ時間をずらして行ってもだ。よっぽど暇なのだろうか。ゴルフでこの前イーグル出したんだとか、そろそろ車を買い替えたいんだけどランエボってどうなんだろうとか、そんなこと言われても知らない。ランエボって何だ。そんなどうでもいい情報を1時間も2時間も、間をおかずしゃべり続ける。しかもミーティングスペースはわざわざいちばん狭い所を使うという人だ。キャバクラか何かと間違えているのではないだろうか。

空調も設定高めで、真夏は暑苦しいことこの上なかった。1か月に1回の挨拶回り、やっと終わって開放感を胸いっぱい吸い込んでいたはずなのに、来月もあそこに行かなければいけないと思うと暗澹たる気分にもなって、皇居のほうから差しこんでくる西日をじっと眺める。やっとあちこちのオフィスビルから人が出て来始めて、東京駅前が活気にあふれ始めるくらいの時間帯なのに、赤い空が随分と眩しい。確かにまだ気温は高いけれども、夏が急速に遠ざかり始めているのが分かった。丸の内には、もちろん海の匂いなんてしない。

そのときに辞令の件がちらりと頭をよぎった。昼ごはんを食べてすぐにイントラを見てみると、リエの言ったことは本当で、皆川くんの名前が載っていた。同時に、彼が材料開発部だったことも初めて知った。ともすれば毎日目を合わせているような現状で、彼のことを何も知らないというのは自分でも少し意外だった。しかしまた、なんで開発から営業に来るんだろう。

リエが変なことばっかり言うから、もう忘れかけていた記憶が突然出てきてしまった。皆川くんと唯一しゃべったときの記憶。

「海外販社にテストサンプルを送りたいんですけど、やり方を教えてください」

皆川くんがそう言ってきたのは、16時をだいぶ回った頃だった。

「輸出? うーん、ちょっと待っててください」

輸出管理は私の仕事じゃない上に営業の仕事の中で一番めんどくさい。さっさと担当者に投げてしまおうと思って見回してみたけれど、担当者も課長も誰もいなかった。打ち合わせやら工場棟の現場周りやらが多くて、人が出払うのは珍しいことではない。ふう、とため息をついた。背中を向けていたから気付かれなかったはずだ。

書類棚に張り付けてあるマニュアルを見ながら、用紙を何枚も取り出す。8年も同じ所で仕事をしているけれども、自分と関係ない仕事はあんまり自信を持ってはできない。本当にこれで合ってるんだろうか。

胸くらいの高さの書棚越しに所在なさげに立っている皆川くんの所へ、取り出した紙を持って行く。確かに作業着が煤で汚れて黒くなっていたことを今でも覚えている。

「この4枚に必要事項を書いてください。えーっと、あと、送り先の国はどこ?」

「ドイツです」

こちらも必要事項を書いていく。輸出先ドイツ、品名はサンプル、と。で、あとは販社コードと場所コードと……何番だったか忘れた。やっぱり後で今井さんにちゃんと書いてもらおう。そもそも体裁があっているのかは自信がない。

こちらもあんまり自信なさそうに書いている皆川くんの手元の紙を覗きこんで、ちゃんと書けているか確認していると、

「……えーと」皆川くんがぽりぽりと頭をかいていた。

「ん? どうしたの?なんか質問あったりしますか?」聞かれても私には答えられないけれど。

「そこ、『わしゅつ』になってます」

あ、と声が出た。本当だ。私の誤字を指さして指摘すると、再び目の前の紙にかりかりと書き始めた。

なんで聞かれた私が指摘されてるんだ。なんか突然疲れが出た。もういいや。多分時間かかるだろうし、あとは書いたら呼んでください。

自分の席に戻ろうとすると、「……あ」と皆川くんがまた声を上げた。

「――ん?また誤字?」面倒な仕事にいい加減辟易し始めながら言うと、

「チョコチップクッキー」と、皆川くんが今度指さしたのは私の机の上のクッキーだった。

「クッキー?」机に戻って、特売で山積みになっていた、一袋50円で買ったミスターイトウのチョコチップクッキーを見せる。さっきまでぽりぽりと食べていたから袋はすでに開いている。

「久しぶりに見ましたこれ。大学の生協では毎日買ってたんだけど。」

「そう? うちの近くのお菓子屋さんで普通に売ってますけど」

「本当ですか? 探してみますありがとうございます。森永のやつはなんかあっさりしすぎてるし、もうずっとカントリーマアムで我慢してたんです。やっぱりミスターイトウの深い甘さがないとダメなんです。たまに売ってても、個包装じゃないから一気に食べないと、しけって悲しいことになっちゃうからおいそれと手が出せなくて。まさにこれなんです。求めていたのはこのミスターイトウの小袋なんです。大学の生協以外でも売ってるんだ。なんか希望が出てきた」

書棚から身を乗り出すようにして皆川くんはミスターイトウへの愛を語る。そこまで喜ばれると、はいそうですか良かったねというわけにはいかないじゃないか。

「一袋くらいあげるよ、どうせまだたくさんあるし」

机の引き出しから未開封のクッキーを出して渡そうとすると、

「や、いいです。未開封もらうのはなんか悪いから」皆川くんは首を横に振る。「それよりもむしろ、その開いてるやつでいいから2・3枚ください」

「それだけでいいの?」開いてるほうの袋を手渡す。

「うちは課長がうるさいから仕事中には食べられないんです。」皆川くんはざらざらと袋から一口サイズのクッキーを4枚取り出して残りを返してきた。そして、お菓子とかコーヒーのマグカップが好き放題置かれた管理部の机を見まわして言う。「お菓子食べながら仕事ができるなんて天国です」

「そんなもんかなぁ」私もつられて一枚頬張る。あそこまで言葉を尽くして語られると、何かとてもすごい食べ物のようにさえ感じる。たしかにこれはおいしい。

静かな事務所に、ぽりぽりとクッキーをかじる音が響いた。書棚をはさんでクッキーを食べる二人。なんか変な光景だろうなぁと思った。休憩時間でもないのに。

皆川くんはクッキーを食べつくすと書類を置いて行ってしまった。

ちゃんと書類を出せたのかは知らない。あれ以来全然話してない。


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