ノートの切れ端


スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 加速度
もくじ  3kaku_s_L.png 短編集
FC2 Blog Ranking      にほんブログ村 小説ブログへにほんブログ村
  ↑記事冒頭へ  
←2.1 - 丸の内マルゲリータ(1)    →2.3 - 丸の内マルゲリータ(3)
*Edit TB(-) | CO(-) 

加速度

2.2 - 丸の内マルゲリータ(2)

日差しはだいぶ落ち着いてきて、皇居の向こう側の空は紫色に染まり始めている。頬を暖かい風が撫でて行って、夏という季節が滑り落ちて行くみたいだった。

有楽町と大手町、東京駅と皇居をつなぐ大きな十字路が全て見渡せる。だんだんと人が多くなってきて、渦を巻くように流れが定まらなくなってくる。人ひとりひとりが構成する激しい海流。その力の大きさに私は流され削られていくような感覚を覚える。けれどもひとりひとりはとても小さくて、それは私を取り囲んでいる溶媒みたいなもの。ひとつひとつが意味を持っているわけではない。ただ歩く邪魔になるくらい。

というよりも、立ち止まってくれる人だけが私にとって意味を持っている。

ぼんやりと石畳を見降ろしていた視界の中に、細い紐のついた黒い革靴がすっと現れる。バスケ部で教わったという、輪っかを二重にぐるぐる巻いた蝶結びの靴。私はそれを見ていくらか安心する。

「お疲れ様」

いつも通りの優しい声を聞いて、私は顔を上げる。原田君は笑顔で立っていた。

「お疲れ様。今日はちょっとだけ遅かったね。忙しかったの?」腕時計はいつもよりも15分遅い時間を示していた。私は立ち上がって、スーツのスカートをぱんぱんと払う。土埃とか、28度設定のオフィスのぬるついた空気とか。纏わりついた煩わしさをすべて払いのけるように。

「定時間際で一件、メールが入って来ちゃって。いろいろ確認してたら遅くなっちゃった」

「そっかー。まぁ、手間取らなくて良かったね」

くるりと回れ右をして、原田君の右側について丸の内仲通りを有楽町のほうへと歩いていく。

「だいぶ涼しくなってきたねぇ。冷房が効いてるオフィスの中のほうが暑かったよ」

そう言った原田君は、まだクールビズのまま。スーツの上は、弁理士バッジをつけたままでずっと家に置きっぱなしなのだろうと思う。

明るく浮かび上がるような丸ビルを左手に見ながらずっと歩いていく。石畳とケヤキが直線にずっと続いている向こう側の空はもうだいぶ暗くなっていて、きらきらと灯った街灯が私たちの歩く道を照らしている。

「もう完全に夜だね。ついこの前までは、この時間に歩いててもまだまだ明るかったけど。」

私の言葉に原田君は頷く。私が原田君と話す時にはいつも私が原田君を見上げる形になる。

「つるべ落としだね本当に」

「つるべ落としなのは太陽の沈むスピードだけじゃないのよ。秋が深まっていくスピードそのものがつるべ落としなの。まだ日が長いからって安心してたら、気付いたらもう冬になっちゃってるのよ」私は半歩だけ距離を縮めて、原田君の目を覗きこみながら言う。

「このあたりの季節は、気付いたらいつも置いていかれちゃうんだよね。いつの間にか冬になっちゃってる。加速に着いて行けてないのかな」

私が詰めた距離には目もくれずに歩き続ける。そして気付かないうちに、いつの間にかもとの距離に戻っている。世界は何もなかったように動き続ける。原田君はいつもこうで、私が本当に言いたいことに気付いていないのか、それとも気付いた上でかわしているのか、私には見えない。

私はふうと息を吐く。あんまり考えると息が詰まってしまう。今気にする必要のないことならば、考えない。とにかく前を向いて歩く。

私はこの道が好きだ。広い石畳の歩道といっぱいの緑は歩いているだけで気分がいいし、いろんなお店が文字通りの木を連ねている様子と相まって、どこか遠い外国に来たような印象を受ける。デパートでの買い物もいいけれど、どうしても通い慣れたブランドのお店ばかりになってしまうから。こんなふうにストリートにずらっと並んでくれることで、文字通りのウィンドウショッピングをこそこそと、入ったこともないようなお店でできるのがとてもいいと思う。端から端まで見て回ったら多分一日じゃ終わらない。ただ今日はあんまり時間も残されていないので、ちらっと見る程度にとどめることにする。

有楽町までの距離の半分も歩くと、三菱一号館が見えてくる。現代的なブランドショップがずらりと並ぶ丸の内仲通りにあって、異質な重厚感を持つれんが造りの建物。横目でエシレのショップを見ながら進む。ふわりと漂ってくる濃厚で芳醇なバターの香気。エシレの前には人がずらっと並んでいて、店の中にはフィナンシェもマドレーヌも山のように積まれていた。もし帰りも残っていたら明日の朝ごはんに買って帰ろう。

そして開ける庭の景色。「今日はまだ人、少ないね」

「仕事が終わってすぐ来たからね。多分、もうすぐどんどん混み始めるよ」

ライトアップされた庭はそれほど広いわけじゃない。大きな木があって、花壇があって、ベンチがある普通の庭。これだったら多分地元の公園のほうが広い、ってくらいの庭。ただ、奥にどんと構える美術館の安定感といい、そこここに絡まる蔦といい、カフェやバーのテラスが軒を連ねる姿といい、やはり、ここだけで閉じた一つの非日常的な世界があって、私はそこに寄り添うことで安心することができる。

きらきら輝くガス燈の下で、すぅと深呼吸をする。「空気がおいしい」

「秋の花はいい香りがするものが多いし、やっぱり緑が多いっていいよね。やっぱりこの辺に来ると安心するよ」原田君は私の後ろの花壇にある花を撫でていた。何という名前かは知らないけれど、どことなくラベンダーに似ている。紫色ですっと背が高くて、とても良い香りがしていた。

「きれいな花だね。それ、なんていう花なの?」

「薙刀香需」

「なぎなたこうじゅ?」

「だったと思う」原田君は自信なさそうに言った。「昔、大神さんに教えてもらったんだよ。いい香りがしてすごく好きな花なんだって言ってた」

そう言われると、どことなくリエっぽいように見えてくる。すっと気品を持って真っ直ぐ立っているところ、よい香りがするところ。

確かにきれいな花だけど、私は小さくひっそりと咲いている花の味方をしたくなる。

「萩もきれいだよ」

隣の木に、埋もれるようにして咲いている小さな花を指さす。

「目立たないけどきれいだよね。荻と間違えていつも大変なことになるよ。疲れてるときはどっちがどっちだか分からなくなる」

「萩原さんも荻原さんも、どっちもよくある名字だもんね」私もよく間違える。「でも萩だったら、食べたら栄養だってあるかもよ。なんといっても秋の七草だし」

「いや……秋の七草は食べないと思うよ。」

「七草なのに食べないの?」

「想像してみなよ。ススキとかがおかゆに入ってたらどう思う?」

「……とてもイヤな気分になりました」

「でしょ? そういうものだよ」

「もみじ狩りと同じパターンなのね。食欲の秋のはずなのに、食べないなんて」

「狩ったからって何でもかんでも食べちゃダメだよ。たまに危険なものもあるから。キノコとか。」

「……努力します」頭の上にぽんと手を置かれて見上げる。身長が180センチ近くある原田君の顔は私よりも頭一つ分くらい上にあるから、やはり何をするにも見上げる形になってしまう。「でもお腹すいた」

「ススキ入りのお粥でも食べたいくらいに?」

「出されたら、稲と間違えて新しいスタイルの米料理だと思っちゃうかも。でも食べないよ」

「ほんとに?」

「うん。だって今日はずっとパスタの気分だから」

私は原田君を待たずして立ち上がる。こうやってみても、ほとんど目線の高さは変わらない。


関連記事
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 加速度
もくじ  3kaku_s_L.png 短編集
FC2 Blog Ranking      にほんブログ村 小説ブログへにほんブログ村
  ↑記事冒頭へ  
←2.1 - 丸の内マルゲリータ(1)    →2.3 - 丸の内マルゲリータ(3)
*Edit TB(0) | CO(0)
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[オリジナル小説

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←2.1 - 丸の内マルゲリータ(1)    →2.3 - 丸の内マルゲリータ(3)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。