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2.3 - 丸の内マルゲリータ(3)

原田君が予約していたというイタリアンレストランの中に入ると、中は熱いくらいだった。多分、キッチンの真ん中にどんと据え付けてあるピザ釜の炎が暖めているのだ。

前菜で運ばれてきた、ナッツの香りがする生ハムをもしゃもしゃと頬張る。

「今日も、あの会社で出てきたのは、またあの部長だった。今回はフェイントをかけて、いちばん最後の終業前、いちばんばたばたしてそうなときに行ってみたの」

「週末終業間際の管理職はだいたい殺気立ってるねぇ」原田君は、グラスで頼んだ赤ワインをゆっくり傾けながらこちらの話を聞いている。優雅だ。

相対する私の前にはりんごジュースが置かれている。私はお酒にあまり強くないし、別に無理してまで飲もうとは思わない。

「フェイントをかけたその結果、どうだったと思う?」

「普通に出てきた」

「違うのよ。いつもは3分くらい待たされるのに、今日は10秒くらいで出てきた。」

「裏で待ち構えてたようなスピードだね」

「いつもは受付で待たされて、13階の事務部オフィスから15階までエレベーターで来るんだから遅れても仕方ないでしょって言われてるのに。その時間でどうやって来れるの」

「階段を思いっきり駆けのぼってきたのかなぁ。川村さんに会いたい一心で」

「ちょっとやめてよ。リアルですごく怖い」

せっかく暖まった身体がぞくりと冷えていくようだった。これ以上考えないようにとロメインレタスにフォークを指して食べる。オリーブの香り。

「どことなく、構いたくなるような空気があるのかもしれないよ。川村さんには」

「それはそれで微妙だけど悪くはないなぁ。かわいいから、ってことでしょ?」原田君にそう言ってもらえるならば嬉しい。

「かわいい」と言いながら原田君は首をかしげる。「小動物っぽいっていうのがいちばん正確かもしれない」

「ペット扱いなのね……」152センチの私は、丸の内に住む女になるには背が足りなすぎると言うことなのか。

「でもそれって得難いことだと思うよ。僕は」

「……そうなの?」

「やっぱりみんな仕事仕事で殺気立ってるから。周りを頑張らせることができる人はたくさんいるけど、和ませることができる人なんてそうそういない」

「そんなものなのかなぁ」

「そうだよ。構ってもらえるってことはつまり、その人に必要とされてるってことだから」

原田君が優しい言葉をかけてくれるとき、それはふわりと受け止めてくれる毛布みたいで。泣きそうなくらいに柔らかいその感覚に包まれて、どんなに傷ついたりささくれ立っても、私は安心してその中に身を寄せることができる。

りんごジュースをごくりと飲む。熱を持った喉を、透き通った甘さが通り抜ける。

ふわりとチーズの香りが漂って、ピザが運ばれてくる。やっぱりピザはマルゲリータがいちばんだと思う。余計な要素はピザの味を邪魔するだけ。ここのマルゲリータはどちらかというとトマトが強いけれど、それはそれで良い。

切り分けようとしたけれど、原田君に先にピザカッターを持たれてしまったので、少しずつ確実に切られていくマルゲリータをじっと眺める。

マルゲリータにいちばん重要なのはバジルだと思う。チーズのコクとトマトの軽やかさは、引き付ける力はあるけれど引き止める力を持たない。地平線まで続くなめらかなペルシャ絨毯を思わせるようで、その意匠は完璧すぎるほどに美しいけれど、それだけじゃどう考えても飽きる。バジルは遠い海が浮かべる光の粒だ。あんまり役には立たないけれど気晴らしにはなる。これが重要なのだと思う。

ガス燈とピザ釜の赤い炎を反射して、赤いトマトソースがきらきらと輝いている。油が膜を張っているから、湯気はほとんど出ていない。切り取られた先からじわじわと油がしみだしている。あれはオリーブオイルなのだろうか。とても熱そう。

「はい、どうぞ」8分の1に切り取ったマルゲリータを白い皿に載せて、私にくれる。

「ありがとう。おいしそう」と言いつつ、私は手をつけない。原田君が自分の分を取り皿に置いてもじっと待つ。

原田君は油がこぼれないようにくるくると巻いて、横から口に運ぼうとしたところで聞いてくる。「食べないの?」

「食べるよ。先にどうぞ」私は原田君をじっと見つめる。

原田君は首をひねる。「や、よくよく見たらこれすっごく熱そうなんですけど。切り口から湯気がもわもわ出てる」

「ですよねー。先に食べて感想を聞こうと思ってたの」

「熱さの感想を求められてもなぁ……普通は味の感想だと思う」

「どっちでもいいよ」

私の言葉に、最終的には折れた原田君が、ふうふうといろんな角度から息を吹きかけて口に運ぶ。

「どう?」私は聞く。早く食べたい。

「うん、おいしい」

「良かった。じゃあ私も」私はナイフとフォークで更に切り分けて口へ運ぶ。「……熱っ」

「うん。確かに熱いねぇ」

「言わなかったじゃない」火傷するほどじゃないけれど。すぐにりんごジュースを飲んで冷やす。

「忘れてたごめん」

「ひどいなぁ」

流れるように時間は過ぎていく。何かを考えなくても回っていく、リラックスした時間。私はこの時間が好きだし大切だ。なくしたくないと思っている。

とても強く思っている。


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