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2.4 - 丸の内マルゲリータ(4)

外へ出たら信じられないくらいに涼しかった。

「また随分冷えるね」

「すごいね。さすがつるべ落とし。ここまで冷えるとは思わなかったよ。そろそろスーツの上も着てこないとダメかなぁ」

「うん。早く着たほうがいいよ。スーツの上は、男の人の魅力を2割アップさせるんだって」

「そんなに絶大な力があるんだ。知らなかった」

「弁理士のバッジがあればさらに倍」

「すごいね」

「顔かお金かなんだって。怖いねぇ世の中は」

左手にはめたピエールラニエの白い腕時計はもうすぐ9時というところを示している。金曜日の夜もまさに頂上に差しかかった辺りといったところで、丸の内の中通りにはお祭りみたいな活気があった。

路地に面したカフェバーのテラスでは外国人の団体がワインのボトルを山のように積みあげながら、ピラミッドみたいに盛られたフィッシュ&チップスを前に歌でも歌い出しそうな大きな笑い声で話している。

ガラス張りのカフェレストランの中では結婚式の2次会が行われていて、ドレス姿の新譜とタキシードの新郎が二人で並んで、プロジェクターに映し出されたビデオレターらしきものを見ていた。赤く暖かいキャンドルに照らされて、店の中は一様に幸せそうな空気に包まれていた。

誰もがゆっくりと歩きながら街を楽しんでいた。この時間の丸の内がとても好きだ。

カフェレストランの中の世界に強くひきつけられる。新郎新婦は、どれくらいの年齢なんだろう。私たちよりも下であることは間違いないと思う。参加者の顔ぶれが随分若い。花束を抱えた新婦の手は、シャンデリアのやわらかな光を受けてつやつやと光っている。大学を出てまだ間もないくらいかもしれない。

私はふうと息をつく。寒いとは言っても、まだ秋になったばかりの夜の空気は、息を白く染め上げるほどの強さを持ってはいない。私の息はひそやかに夜の闇に混ざって溶ける。

右側を歩く原田君の左手に、手の甲をそっと合わせる。「手、冷たいなぁ」と言いながらも、原田君はそれを拒絶することはない。乗り換えた空中ブランコみたいな鮮やかさで、私の右手をぎゅっと捕まえてくれる。何年も繰り返してきた動き。

「原田君だって冷たいよ。」

「好きで冷たいわけじゃないんだけどなぁ」

「やっぱり、早く、スーツの上を着てほしい。そしてコートも一緒に」

「ポケットがそんなに欲しいか」

原田君につられて私も笑う。原田君が去年買った真っ黒なコートにはとても大きなポケットが付いていた。つないだ二人分の手を突っ込んでも自由に動かせるあるほどの大きさで、とても暖かいから私は去年の冬、外を歩くときはずっとそこに手を入れていた。自分のコートのポケットよりも長い時間。

「あれは、携帯できる炬燵だった」

「まったく出てってくれなくて重かったんだよね」

「外との落差が激しすぎて出せないんだもの」

冷え症の私たちは、手袋をしていても冬の寒さに勝てず、手が霜焼けになるくらい冷え切ってしまう。それが手をつなぐ口実になるからって、付き合い始めの頃は随分嬉しかった。今でもそれは役に立っているけれど、やっぱり冷え症は損だとも思う。

ポケットはなくても、つないでいるだけで少しずつだけれど手は暖まってくる。

「やっとあったかくなってきたよ。良かった」

二人分の体温を塗り込むように、原田君の手を両手で包みこんで撫でる。女の子みたいに細くてすべすべした原田君の手は、触っていてとても気持ちがよい。

丸ビルを過ぎると、東京駅がすぐ目の前に見える。ようやく現実の世界に戻ってきたという風情だった。外がどうであれ、あの中はいつもどおりに人でごった返している。あとはいつもどおりに電車に乗って、いつもどおりに帰っていくだけだ。金曜だからちょっといつもよりも混んでいるというくらい。

「今日は楽しかった。ありがとう」私が言うと、

「こちらからもありがとう。こんな遠い所まで。帰りは気をつけて」原田君はそう言ってくれる。

「うん。気をつける。」

「じゃあまた。」つないでいた手がすっと離される。途端に秋の風が流れて、私の手の温度はどんどん下がっていく。

「うん。また」最後にもう一回手を振ると、原田君は地下への階段を下っていく。原田君は総武線へ、私は東海道線へ。

南改札のほうへと振り返りかけてやめた。そのままで原田君の背中を眺め続ける。どんどん遠く小さくなっていって、ついには角を曲がって見えなくなった。

角を少しの間眺めてからくるりと振り返る。私も帰らなきゃいけない。早く帰らないと、終電が近づくほど電車はどんどん混んでいく。

改札をスイカで通り抜ける。さっきまで当然のようにあった体温がなくなって、私は早くも心許なさを感じ始めている。


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