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3.1 - 不二家のホームパイ(1)

飲み会は好きではない。お酒、そんなに飲めないし。だいたい、なんで定時後の自由な時間を潰されるためにお金を払わなければいけないのか。誰も得しないのに、なんでこんな因習がいつまでも残り続けるんだろうか。

とリエに言ってみたら、「私は好きでもないけど嫌いでもないよ、みんな面白い話してくれるし。どうせ家に帰っても、やりたくてやりたくて仕方ないってことなんてあんまりないし。だったら普段から一緒にいる人と、普段はしないような話をして過ごすのも悪くないかなって思うんだけど」と言われて愕然とした記憶がある。

毎回のことながら、前菜の直後のポテトフライと唐揚げにさえろくに箸もつけないうちからビール瓶を持って挨拶回りに行ってしまう腰の軽さには、感心するというよりも、呆れるというよりも、別世界の住人を見ているようだった。こういうのが得意な人も世の中にはやっぱりいる。

リエが行ったからには、後追いでもいいから私も行かなければいけない。それが会社の、しかも部内の飲み会であっても。もう8年もこの会社にいて、年上よりも年下のほうが多くなっても。いったいいつまでこんなことをやらなければいけないのだろう。

会社近くの飲み屋の、相変わらずうるさい座敷の中をぐるりと見渡す。管理部は体育会系が多いみたいで、こんな場面では特にうるさい。一人の前に大ジョッキが8杯くらい置かれてたり、焼酎とワインと日本酒とビールが混ぜられた怪しげな色の液体を先輩が後輩に飲ませていたり。近くのテーブルに座っている4人は、1から一人3つまで数字を増やしていくとともにビールにタバスコを振り、最後に50を言った人が負けで50回分タバスコが振られたビールを飲み干さなければいけないという遊びをやっていた。とりあえずニコニコと笑いながら適度に突っ込みつつそれを眺めていればいいので、今は楽といえば楽だった。それにしても、大学の体育会系の飲み会もこんなものなのだろうか?私にはよくわからない。やってる本人たちは楽しいのだろうか。

その中でも特に人の輪が大きくなっているところはあって、そこの中心には確かめるまでもなくリエがいて、笑って話しながら開いたグラスを見るとお酒を注いでいる。完全にプロの仕事だ。

やはり私も行かないと……と思っていると、エビチリが運ばれてくる。うん。これを食べ終わってからにしよう。ここのエビチリはおいしいのだ。

私の前の皿は完全にノーマークになっている。みんな話に夢中になっていて、誰もろくに見ていない。だから好きなだけ取ってしまおうと思い、レンゲで4杯、5杯と掬ってもぐもぐと食べる。えびがぷりぷりでぴりりとおいしい。やっぱり熱いうちに食べないと。
 エビチリに全神経を集中していたのがまずかったのかもしれない。リエがいなくなって空席になっていた場所に誰かが座る感覚があった。ちらりと振り返って、うわ、と思った。そこには課長が座っていた。

まためんどくさいことになりそうだなぁ、と思いつつ、

「課長もエビチリ食べます?おいしいですよ!」

と思いっきりの作り笑顔で聞く。とにかくまずは先手を取ることが重要。

「うん。取ってちょうだい。川村さんがすごくおいしそうに何かを食べてたから、思わず釣られて来ちゃったよ」

ほんとかよ。だったらこれもう大皿ごとあげるから自分の席に持って帰って好きなだけ食べてよ。そしたら私は隣の大皿を奪って食べるから。

なんていう心の中の声はおくびにも出さず、「どうぞ、いっぱい食べてくださいね」とエビチリ入りの皿を両手で差し出しながら正面から目を見て笑いかける。それと分からない程度に首を傾けるのがコツだ。リエには負けるけれども、私だってサービス業なのだ。冷静に考えてみると30過ぎて大丈夫かそれ、っていう行動なのだけど、幸いにしてまだ効力は残っている。

「うん。ありがとう」と言って課長が受け取る時、指3本分くらいが触れる。乾いている割に手汗がべっとりと付いた、妙にざらりとした感触が指に残る。酔って手元がおぼつかないふりをしているけれど9割方わざとなのだろう。そう思うけれども、気にしたら負けなのだろうと思うから、なかったことにする。ほとぼりが冷めたころにその辺のおしぼりで拭こう。

イヤでも面倒でも、自分のしなければいけないことをする。課長が持ってきたグラスにほとんどビールが残っていなかったから、

「お疲れ様です」

と言ってビールの瓶を両手で持つ。この時にラベルを上にして、ラベルが見えるように持つといいっていうのはリエが教えてくれた。

課長はグラスを持とうとして一瞬考えて、「やっぱりワインが飲みたいなぁ」と言った。

「ワインですか、ちょっと待っててくださいえーっと」

ワインのボトルが近くのテーブルにあったので、課長が飲みたがっているのでと無理やり持ってくる。と同時に店員にワイングラスをひとつ持ってきてくれるように頼む。なんというめんどくささ。せっかくゆっくりできてたのに。

ボトルとグラスを持って課長の隣へと戻る。こちらの存在を忘れて誰かと話しているようならば逃げちゃえと思ったけれど、手酌でビールをちびちびと飲みながら一人で待っていた。結局ビール飲むのか。

お待たせしました、と仕方なく座ると、

「おぉ。わざわざありがとう。」と座り直す。持つところの少ないワイングラスを手渡す時にさっきよりもっとはっきりと手が触れたけれど、気にしたら負けだ。後で手を洗おう。

「どうぞ」と注いだ銘柄の良く分からない赤ワインを課長は一気に飲み干す。

「川村さん、今やってる仕事はどうなの?大変?」もう一杯注ぎ始めた私の手元を見ながら課長は言う。

「大変ですよ。」最近は上司にそう聞かれたらほとんど同じ答えを返すようにしている。「でも、やりがいがある仕事だなって思うんです。だから大変でも頑張れます」

課長の目を見ながら言う。今度はさっきとは違って真剣に。これで、私は仕事をちゃんとやってますというアピールと、今の仕事で手一杯だからこれ以上仕事を増やさないでほしい、というアピールを同時にすることができる。

「そう。」と言って課長は再び赤ワインをあおる。こんなペースで飲んで大丈夫なのか。ここぞと私はおしぼりで手を拭う。ぬるついた感覚が消えない。やっぱりトイレに行って石鹸を使わなければいけない。

「川村さんの今の仕事もそろそろひとつカタがつくころだと思うんだよね。だからそろそろ新しい仕事を任せようかと思ってるんだけど……まぁいいや決まったらまた話す」

新しい仕事?なんじゃそりゃ。今私が主に担当している商品はだいぶ受注も落ち着いてきて、在庫も安定している。たまに入ってくる特注品の注文さえうまく処理してしまえばあとは問題なく事が進む。やっとゆっくり仕事ができると思っていたのに。

と思ったところで、さらなる不快感に眉をしかめる。ちょっと油断した瞬間に課長が肩に寄りかかってきた。しまった。振り払うタイミングを完全に逃した。やっぱりワインを飲み過ぎたんじゃないのか。いや。酔ったふりでしょどう見ても。

重い。なんだかあほらしくなってくる。この人は普段はリエのほうにばっかり色目を使うのを私は知っている。休憩時間にリエと課長と三人でいても、リエのほうばっかり見て話している。でもこういう相手は誰でもいいのか。リエはいろんな人に囲まれて近付けないから、難易度が低そうなほうで。

しかしどうしよう。このままだと動けないし逃げられない。まさかこのまま終わりまでいるつもりではないよなぁ、と思っていたら、ワイングラスを持っていた課長の左手がいつの間にかフリーになっていて、こっち側に近づいてくるのが見えた。

背中に手を回すつもりだ。さすがにそれは良くない。穏便に済ませたいけれど、どうすればいいのか。まずは逃げないと。と、こちらも右手を振り上げたとき、

「課長!」と背中で大きな声が響いた。

驚いて心臓が止まるかと思った。それは隣の課長も同じだったみたいで、ビクッとした震えがこちらの肩にも伝わってきた。

「よろしくお願いします、皆川といいます!本日付でこちらに異動になりましたので、これから頑張りたいと思います!」

そこにいたのは本日の主賓だった。空のグラスを片手に、ものすごい大声で、ものすごい勢いでしゃべる。
 私は呆気に取られてその顔を見つめる。

「あぁ、皆川くん。こちらこそよろしく」

まさによろよろといった体で、課長が私の肩から離れて背筋を伸ばす。 手近にあったビール瓶を持って、皆川くんの持ったグラスに注ぐ。見るからにぬるそうなそのビールの泡が、注いだ端からつぶれていくのを眺める。

「営業は全然経験がないので、もし差し支えなければ、知らなければならないこと、知っておいたほうがいいこと、色々教えていただきたいです!」
 視界の端で、相変わらずの勢いでしゃべり続ける皆川くん。近いんだからそんなに大声じゃなくても聞こえるのに、と思う。

「あぁそう。いいよまぁ立ってないでそこに座りなさい」

最初は不満気味だった課長も、なんかものすごい勢いの皆川くんに押されたのか、喋り始めると少しずつ熱が入り始めた。

ちょっとの間だけ隣でうんうんと頷きながら聞いて、すぐにトイレに立つふりをして座敷から逃れる。「営業っていうのは喋る仕事じゃないんだ、相手の言葉を聞く仕事なんだ」と、背中越しに課長の声が聞こえる。そうですか。ふすまを閉めてから、ふぅ、とため息をつく。

 驚いた心臓はまだ落ち着く気配を見せない。それは皆川くんの大声に驚いたからで、仕方ないけど。
 なんで私まで、こんなにうしろめたい気持ちにならないといけないんだ。


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