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 (加速度第1部・あとがき) 

加速度


 (あとがき)

 こんにちは。長い割に話はほとんど動いていませんが、これにて第1部は終了です。
 第2部からはもう少し話が早く進むはずです。


 この話は、もともと「コーンポタージュ・エクストラホット」という短編で終わるはずでした。
 加速度の0番そのものです。
 それがこんなに長くなってしまうとは、最初は予想だにしていませんでした。
 
 その昔、もう10年以上前ですが、オンライン小説を書いていた時期がありました。楽園なんかがあった頃です。
 その時に書いた小説の中で最も評判がよかったのが「コーンポタージュ」というものでした。自分ではあんまり良い出来だとは思っていなかったのですが。
 何十件と感想メールを頂いて、その度に、なぜこんな小説をみんな好きというのだろう、と、不思議に思っていたものです。
 今となってはもうどこにも残っていないその小説を読むことはできないのですが、今になってその理由が分かります。

 もうそんな小説は書けないからです。
 純粋さとか、情熱とか、守っていたはずなのにいつの間にか摩耗してしまったものたち。
 多分、それをあの時はまだ持っていたのだと思います。

 では、あの頃に比べて、書く作品の価値は失われたのか?
 今になって再び小説を書き始めたのは、それを確かめたかったからです。

 この一連の書く作業は、あの頃との距離を測る作業に他ならないのです。
 10年前を羨ましく思ってしまうから、だから書くのです。


 今回、比較的長い話を書くに当たり、それにあたってテーマを2つ決めました。
 話が長くなるので、それはいずれゆっくりと書くことにしますが。
 そのうちの一つは「食べ物がたくさん出てくる話にする」というところに結実しました。
 だから各章のタイトルは食べ物ばかりです。


 第2部以降どうするかは、まだ迷っています。


 最後に。
 私は、恋愛で最も美しい瞬間は、それが始まる瞬間だと思っています。
 それが書きたくて、前振りみたいな話がこんなに長くなってしまいました。
 これは完全に私の趣味です。

 2年くらい前だったら、多分こんな話は書かなかったと思います。
 人は変わるものだな、と自分で驚くくらいです。



 読んで下さりありがとうございます。
 しばらく短編書きに戻って、必ず近いうちに続きを書きます。


     2012.12.31 びーぶる(阿部光宏)



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9.2 - オレンジの万有引力(2) 

加速度

坂を上りきると、大きくて白い展望台があった。

「ここからの眺めが好きなんです」いつの間にか自転車から降りて押しながら上っていた皆川くんが言った。

展望台の周りには人影はまばらで、芝生でバドミントンをやってる家族連れや学生がいるくらいだった。

「きれいな割に、なんだか殺風景な場所だね」

「観光に来た人はみんなシーパラに行っちゃうし、地元民はこんな山に登らないで下の公園で満足しちゃうから、物好きしか来ないんですよ。だから静かで、落ち着けるんです」

「シーパラかぁ。懐かしいな」

八景島シーパラダイスという海のテーマパークは会社から車で30分くらいのところにあって、遊びに行くには便利なので昔はよく使っていた。

「最近は行ってないんですか?」

「そうだね。誘われることもほとんどなくなっちゃったし」私は笑ってみせる。

「ふーん。勿体ないなぁ。だったら今度、誘ってみようかな」皆川くんはそう言うと、背後に立つ私が返答に迷う暇も与えてはくれずに自転車のスタンドをがちゃりと下ろした。「さぁ、上りましょう」

やはり私は着いていくだけだ。何も言えない。ただ初めて見る景色に戸惑いながら着いていくだけ。

くるくると螺旋状に折れ曲がった階段を上がっていく。先は見えない。ただ自分が上へ上へとのぼっていく感覚だけがある。

「僕は海が好きなんです」前を行く皆川くんは、ふわりふわりと階段を上っていく。1段でも2段でも飛ばして上っていけそうなジャンプ。「それを、近くで川村さんと見たかった」

階段の先に空が見え始め、だんだんと大きくなってくる。皆川くんの動きはとても軽く、あと少しで空へと解けて行ってしまうように見えた。

私は思わず手を伸ばす。

何のためにだか、自分でもわからないままに。

でも、手を伸ばした瞬間には皆川くんは既に階段を登り切っていた。

皆川くんがこちらをくるりと振り向く。そしてこっちに手を伸ばしてくるのが見える。私の手が大きな手にくるりと包まれて、

いつも感じていた重力が一瞬だけ消えてなくなる。

皆川くんは私の手をつかんで階段の上へと引っ張り上げていた。

私の体重がもう少し軽かったら、本当に飛べていたのかもしれないけれど。そこまで軽いわけではない私は、階段の上でバランスを崩しかけただけだった。

「着きましたよ。これが横須賀の海です」

私は皆川くんの声に促されるように顔を上げる。

青かった。低い柵越しに見える世界は、ただただ青かった。

暖かな秋の終わりのハイヌーンに、水平線は空へと溶けていた。雲一つない空と海の境界は曖昧で、確かにこんな日には空を飛べてもおかしくないかもしれないと思った。

と ても静かだった。海の端のほうからタンカーが、空と海との境界を縫うように滑ってくる。航跡の波は飛行機雲のようで、白くたなびいたあとにゆっくりと青い 世界へ溶けて行った。その船がどの程度の大きさなのかはわからないけれど、ここからでは、取るに足らないとても小さな砂の一粒だった。

真横では、シーパラダイスの真っ白なジェットコースターが上っては下りを繰り返している。音もなく静かに。それは永遠に繰り返すフーガのようだった。

こんなに大きな世界の前に立った私はとても小さくて、この風景の遠さにくらくらする。

「近くに来てみて分かったけれど、海ってすごく遠いんだね」

おそらく後ろに立っているであろう皆川くんに向かってつぶやく。

「うん。すごく遠い」当然のようにそこにいる皆川くんは答えた。「でも、空と違って海には触れることができるんです。それが海の良いところ」

プシュ、と音がして、オレンジの香りがした。さっき来る途中に新しく買ったファンタオレンジだ。

歩き続けて少し疲れた私は、ステージみたいに広い柱の土台部分に腰掛ける。座るにはちょうどいい高さだ。座って上を見上げる。

「確かに、空には触れないよね」

ゆっくりと滑空しているあの鳥はなんだろう。カモメだろうか。とんびだろうか。穏やかに緩やかに空を渡っている。その優雅さ。私には到底真似できない。

「万有引力の話って知ってますか?」

「万有引力?」皆川くんの言葉は唐突だった。でも私はそれを確かに知っていた。「あの、りんごが木から落ちてくる話?」

「そうです。多分、ほとんどの人はあの話を誤解しているけれど。」

「誤解って。りんごが重力に引っ張られて落ちるっていう話でしょ」

「違いますよ。引力の本質はそうじゃない」皆川くんはふわりとジャンプして、私が座る場所に飛び乗った。「川村さんも体験すればわかります。なんか空を飛べそうな気分になる」

りんごじゃなくて、こんなのしかないけど。と、皆川くんはファンタオレンジの缶ボトルの蓋をきゅっと締めて、私と空の間に差し入れる。

缶は晴れた秋の終わりの光を反射して輝いていた。

「物と物は近くにあったら引き合うんです。どちらかだけが一方的に引っ張られるなんてことはありえない。」私は、自分のほとんど真上にあるファンタオレンジの缶を眺める。「すべてのものが持つから万有引力っていうんですよ」

そして、ある瞬間、皆川くんはファンタオレンジを離した。最初はゆっくりと、でもだんだんと加速しながら私とファンタオレンジは近づいていく。

私は地球よりもファンタオレンジの引力を感じ始める。空のほうへと引き寄せられていく。

私はファンタオレンジを引き付けたし、ファンタオレンジは私を引き付ける。地球の重力をずっと浴び続けていたから分からなかっただけ。

いや、違う。長い間、気づかないふりをしていただけ。

万有引力は、確かにずっと存在していたのだ。

その間にもファンタオレンジの缶はどんどん私のほうへ近づく。その加速度はとても大きい。いつの間にかものすごいスピードになっていて、ぶつかる、と思った瞬間に、横から皆川くんの手が伸びる。ファンタオレンジは私の視界から消える。私を引っ張ることをやめる。

私はただ空を眺める。ほんの一瞬ではあったけれど、確かに私は空のほうへと引っ張られていた。

お互いに引き合っていたのだ。

「やっぱりあの時に言えなかったことを、川村さんに言いたいです」

「うん」

ファンタオレンジを両手で弄びながら、皆川くんは私の真横に座った。その距離は何とも言えない微妙な距離だった。あと少しでも近づいたら引力に抗えなくなるような。

「僕はやっぱり川村さんが好きです」

「うん」

海は変わらず音もなく、穏やかだった。まるで世界中、私たちのほかに動いているものは無いんじゃないかと思えるくらいだった。

「もし、今、他の誰かのことが好きなんだとしても、僕のほうへと振り向かせてみせる」

「うん」

「いいですか、とか、聞かない。絶対にそうする」

私には、肯定も否定もできない。いいよなんて絶対に言いたくはないけれど。

ただ、この先どうなってしまうんだろう、という漠然とした不安だけが私の中を支配していた。私をずっと支配していた重力は、こんなにもあやふやなものだったのか。

こんなにも小さな私たちの熱は、いつか空気に溶けて見えなくなってしまうのだろうか。

「ねぇ、皆川くん」私は皆川くんを見る。とても自然に、二人の目は合う。「ちょっと、それ貸して」

皆川くんの手の中のボトル缶を指差す。ファンタオレンジが飲みたいんだ。と言う。

少し迷ってから差し出されたそのキャップを取って、口に付ける。

オレンジの香りがとても強い。

ファンタオレンジはまだ冷たくて、強い炭酸が私の喉を流していくかのようだった。

やっと飲むことができた。

私が長い間求めていたのはこれだったのかもしれない。

「長い間ここで働いてきたけど、こんなにいい景色が見られる場所があるなんて知らなかった」

私はファンタオレンジを皆川くんの手に返す。

「シーパラとかとか、みなとみらいとか。他の場所に比べたら地味ですからね」

皆川くんはそれをじっと見つめた後、ゆっくりと飲む。

「今日は、連れてきてくれてありがとう」

私たちはもう、引き返せないくらいに近づいてしまった。ゆっくりと、でも確実に近づいていく私たちの間の加速度は、もう、ごまかしようがないくらいに大きい。

「皆川くんのおかげで、この街がちょっと好きになりました」

引力に捉われた私はもう逃げられないし、逃げようとも思わない。

せめて今は、この穏やかな景色を目に焼き付けたい。



   (第1部・終わり)




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9.1 - オレンジの万有引力(1) 

加速度

休日の工場はがらんとしていて寂しい。普段は駐車場をいっぱいに埋め尽くしている車も、煙突から立ち上る蒸気も、モーターが低くうなりを上げる駆動音も今はない。

意外に緑の多かった会社の全景を横目に、玄関を抜けて階段を下りる。日差しを受けるととても暖かい。こんなに暖かい日は久しぶりだった。

腕時計は正午に差し掛かる少し前を指している。家からここまで1時 間はかかったけれど、用事は3分で片付いた。脇に抱えた社名入りの大きな封筒には新製品のカタログと技術資料が入っている。昨日持って帰るのを忘れてし まったのだ。土日で読み終わるように言われていたのに。休日なのにわざわざ、1時間もかけて会社に出向かなければいけないなんて。

し かしこの封筒は、つるつるしてるから滑りそうで怖い。落として失くしたら何を言われるか。何か買い物をして紙袋を手に入れないと。とは思うものの、歩いて も歩いても、目に映るのは狭い幅の川と街路樹、あとは殺風景な住宅街の景色だけ。道を一本出れば大きな国道に出るけれど、それでも車の気配はまるでない。 いつもはうるさいくらいにトラックが走りまわっているのに、やっぱり工場の町なのだなぁと思う。休日には誰もいない。たまに自転車が通り過ぎるだけだ。遥か向こうに自転車の影を見つけて、邪魔にならないように道の端に寄っておく。

やはり買い物をするなら横浜しかないか。セールも終わったばっかりだし、横浜まで着いたならあと少し歩けば帰れるのだけど。せっかく出てきたんだから何もしないで帰るのは損だと思う。

携帯電話を取り出してしばらく見つめる。出かけるならばいつも通りに原田君を呼びたいところだけど、今は少し気乗りがしない。

今の時間、太陽は右手の川の向こう側にある。こっちに向かってくる銀色の自転車がちらりと光を反射して眩しい。銀色の自転車。不意にオレンジの香りがどこからかしてきたような気がしてどきりとした。

皆川くんと一緒にここを歩いて帰ったのはいつのことだっただろう。あれは確か、きんもくせいが咲いた日だった。何かものすごく遠い日の出来事のように思える。あれからまだ1週間と少ししか経っていないのに。

目の前をからからと進んでいく銀色の自転車が目に焼き付いて離れない。あの日は、ただそのうしろ姿だけを見て歩いていればよかった。何も気にせずに歩いていられた。

前から近づいてくる自転車をじっと見つめる。銀色の自転車。私はあまり目がよくないから確信が持てない。持てないけれど、荷台に置かれたファンタオレンジを見てあぁそうなのかと思う。やっぱりそうなのかと。

そこからゆっくりと長い時間をかけて、私の目はこの街の片隅で、はっきりとした像を結んだ。思っていたまさにその像を。

きーっ、と長い時間をかけてブレーキがかかっていく音がする。じつは随分なスピードを出していたらしい自転車は、大きな制動距離をかけて少しずつ速度を落としていく。

どう声をかけたらよいのかすぐには思いつかず、とりあえず深めの会釈をしてみる。

「驚いたなぁ。なにかすっごい睨んでくる人がいると思って見てたら川村さんだった。」

顔を上げると、完全に停止した自転車の上で皆川くんは笑っていた。

「睨んでないよ。目があんまりよくないから、遠くを見るときは目を細めないと見えにくいだけ」

「しかしよく気付きましたね。睨まれてなかったら完全に気付かなかったかも」

「だから睨んでないって」私もつられて笑う。ここは素直に言っておくことにする。荷台のファンタに目をやって言う。「……オレンジの香りがしてたから」

「いやいや。確かにオレンジですけど。あの距離だし、そもそも缶ボトルで蓋閉まってるし、香りなんてするわけないじゃないですか」

「それでもしてたんだもの」目をそらした先には川があって、午前中のまだ拡散しきっていない光がきらきらと水面にあふれている。きんもくせいが咲いた日にだって、こんなにきれいな景色はなかった。

土曜日というのはこういうものなのか。

「それにしてもひどいなぁ。気付かれなかったなんて」自転車の上の皆川くんを、笑いながら見つめる。

「冗談ですよ」皆川くんは私の視線を正面で受け止めながら、ぽりぽりと左手で頭をかく。拗ねたようなしゃべり方。「視界の中にふわふわの髪が入ってきた瞬間に気付きましたよ。遠くからでも見間違えるわけなんてない」

「それはそうと」あわてて話題を変える。こんな会話が続いたら、私のほうが受け止めきれなくなるだろうと思う。「なんで皆川くんはこんなところにいるの?」

「なんでって」皆川くんは首をひねって考え込む。「一応地元なんだから。いてもおかしくはないでしょ。一応、目的地は横須賀スタジアムでしたけれど」

「家ってそんなに近いの?」よくよく考えてみれば、自転車なのだから近くて当然なのだけど。

「近いですよ。歩いてだって行ける」そう言って頷く。「それよりもむしろ、川村さんがこんなところにいる理由のほうが気になるんですが」

「私の理由は単純だよ」脇に抱えた封筒を見せる。「新税品の技術資料、週末で読んどけって言われたのに会社に忘れた」

「会社に忘れた!」皆川くんは驚いたような顔になって、その後で笑う。「いいなぁ川村さん。すごくいい。想像以上に可愛い」

ストレートに示された好意は、どのように受け止めればいいのか分からない。顔が赤くなってそうで嫌だ。だから、わざとそっけない言葉を返す。「それって多分、褒め言葉じゃない……

「褒め言葉ですよ、もちろん」

「そう、ありがとう」

私のいちばん奥で急速に膨れ上がっているこれは何だ。分からないと目をそらすのはたやすい。けれども、無視しても押しこんでも気付いたらいつの間にか染み出している堤防の向こう側の水。

「川村さん、この後何か予定とかあります?」

「うーん……いや、特にないよ」

皆川くんの問いかけに答える。左手に持ったままになっていた携帯を、ポーチの中へしまう。

「じゃあ、海を見に行きましょう」

「海?」

「はい。いい天気だから多分きれいですよ」

皆川くんは、私の返答を待たずにゆっくりと自転車をこぎ始める。

私には躊躇する間などなかったのだ。

踵を返して、もと来た道を逆行していく。会社のほうへと。

くるくる回る車輪の回転に引っ張られていくように、私たちはどんどん加速していく。

「もし私が付いて来なかったらどうするつもりだったの?」

ようやく追い付いた私は、素直に付いてきてしまった負い目を悟られまいと、わざと余裕な口振りを演じる。

「そんなことは考えてませんよ。現に付いてきてくれたし」皆川くんはこちらを振り向くこともせず、歌うようにしゃべる。「それに、川村さんは着いてきてくれるって最初から信じてた」

どうして。どうして私は、この人の後に着いていくことばかりなのだろう。今まで当然のようにあった自分の道が、突然消えてしまったみたい。せめて年上らしく、前を歩くことくらいはしたいのに。いつだって知らぬ間に引っ張られてしまうのだ。

皆川くんが目指している海がどこなのかは知らない。でも、まだ随分先であることだけはなんとなく分かる。そこまで二人で行く。私は皆川くんの後ろをついていく。



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サンタクロースを待つ(3/3) 

サンタクロースを待つ(短編)

遅番の澤村はまだこれから3時間残っているので、帰りは明子と二人だ。

いつものように裏口で待つ。今日はいつにも増して出てくるのが遅いけれども、待たなければいけない。手がかじかんで動かなくなってきた頃に、かちゃりと小さな音がして明子が出てきた。

「……お待たせ」

小さな蝶番の摩擦音にさえかき消されそうな明子の声。それに気づかないふりで俺は右手を上げる。

「おう。寒いから早く帰ろう」

明子が横に並ぶのを待たずに歩き始める。

コツコツコツと、二つの靴が地面を踏みしめる音がやけに大きく響く。背の低い明子は踏み出す一歩が小さいから、二つの足音は同じ周波数にならない。

明子は横に並ばずに一歩後ろを歩いている。付いてくる足音で、離れず同じ距離を歩いていることはわかるけれども。

「聞いてたんだね、テツ君は」

明子の声は小さいけれど、しんしんと冷えた冬の空気は糸電話みたいに張りつめていて、はっきりと心を震わせた。

「聞いてた。っていっても昨日だけど」

吐く息は白くわだかまって、じわじわと空気に溶けていく。そのうちに、二人は駅に向かって近道になる公園に向かって入っていく。

「サンタはプレゼントを置いてった。確かにテツ君が言ってた通りに」

ちゃら、と音がして、振り向くと明子は手にネックレスをぶら下げていた。暗い中で淡い桜色の煌めきは夜の闇さえ反射して輝いていた。

「ローズクオーツのネックレス」明子はちゃらちゃらと、弄ぶように手の中のネックレスを触っていた。

「高そうなもの買うなぁあいつも。時給何時間分だよ」

俺が言うと、明子は力無く笑った。「サンタはどうして、いつも頼んでないものばっかり持ってくるんだろう」

二人の距離をぴゅうと冷たい北風が吹きぬけて、歩く速度を速める。ぽつりぽつりと街灯がひそやかに照らす公園を奥へ奥へと進んでいく。

不意に明子が、「あ。あれ」と向こう側を指差して小走りに駆けて行く。その先には噴水があった。

「なにこれ。すっごい地味なイルミネーション」

噴水はイルミネーションで飾りつけられていた。光を掬い取ろうとするみたいに、明子は手を差し伸ばしている。

暗 い公園の中でそこだけがぽっかりと浮かびあがっていたけれど、昼光色のLEDを繋いで輪っかにしただけといった風情のイルミネーションはお世辞にもきれい とは言えず、少し気の利いた個人宅のイルミネーションのほうが美しさも光量も上なくらいだった。中途半端な明かりが逆に公園全体の暗さを強調しているよう にさえ見えた。

「こんなの昨日までは無かったよな」

俺が聞くと、明子も頷いた。「なんか、近所のおじさんが余った電気で適当に日曜大工しましたって感じ」

「せっかくのクリスマスイブに、唯一見たイルミネーションがこれでいいのだろうか」

「いいんじゃない? クリスマスにみんながみんなロマンチックなわけじゃないよ」と言って明子は笑った。笑いすぎてごほごほと咳込んでいた。

「……え。大丈夫か」

「うん、ごめん。ありがとう。ちょっと冷たい空気にむせちゃって」明子は誤魔化すように、頬をぽりぽりと掻いた。「なんか、サンタから昔もらったプレゼントのことを思い出しちゃったんだ」

「なんだよ。明子だってサンタからプレゼントもらってたんじゃないか」夕方にサンタのことで笑っていた明子を思い出して指摘する。

「そうなのよ。うん。でもさ、サンタからのプレゼントって欲しいものもらえたためしがないんだよ。特撮ヒーローの合体ロボ下さいって言ったのにセーラームーンの変身ブローチくれたりだとか。ビーダマン下さいって言ったのにたまごっちになったりだとか」

「一般的な感覚からすると、それはサンタのほうが正しいな」

俺が言うと明子は笑う。楽しそうな笑顔。

「セーラームーンは見てみたら面白かったし、たまごっちもやってみたら楽しかった。うまく育てられなかったけれど。」明子は手に持ったままのネックレスを見つめる。「ただ、やっぱり最初は思っちゃうんだよね。私はこんなの欲しくないって」

私には淡い桜色なんて似合わないのに、と言った明子は俯き加減で、その本当の表情は見えなかったけれど。

多分その瞳は光を反射して桜色なのだろう。

「せっかくサンタがくれたんだから、」本当は、明子の背中を押すような真似はしたくない。けれども明子には笑っていてほしかった。誰のもとに行こうと、たまに俺に向かって笑いかけてくれるならばそれで良かった。「大事にしなきゃダメだぞ」

「うん」明子は鼻をすすった。「テツ君のところにもサンタが来ればいいのに」

ローズクオーツはきらきらと光っている。真っ暗な夜の中からわずかな光を探し出して、小さな身はきらりきらりと燃えるように輝く。それは陳腐なイルミネーションよりもずっと明るい。その光を撫でる両手、夜でも目立つチョコレート色の髪。眩しいくらいだ。

「サンタなんて待たない」俺は言う。明子に向かって宣言する。「俺は強くなるんだ。サンタクロースなんて来なくても、一人で生きられるように」

「サンタは来るよ。いい子のところに来るんだから」明子はローズクオーツをコートのポケットに入れて、俺を正面から見つめた。「君は、じつにいい子だ」

吹いてくる風はとても冷たく、乾いているから。鼻をすすらなくてはいけない。もしかしたら風邪なのかもしれない。

サンタの前に、私からプレゼントあげる。

明子の言葉にどきりとしたけれど、カバンから取り出したのはコンビニの袋だった。

「……フライドチキン?」受け取ってよくよく見てみると、それはバイトしているコンビニのフライドチキンだった。「クリスマスにフライドチキンなんて、よく残ってたな」

「違うよ、これはあらかじめ買っておいたんだ」プレゼントと言いながら、明子もその袋から一本を取り出して自分のものにする。「神様に運命を委ねて待つのはもうやめました。そんなのはもう終わり」

2本のフライドチキンを、二人で一本ずつ。

「澤村も食べたがりそうだな。言ったら怒るぞ多分」

「いいのよ、サンタはチキンなんて食べない」そして明子はフライドチキンを大事そうに見つめる。「二人でクリスマスを祝おう」

二人で、向かい合わせで立ちながらフライドチキンにかぶりつく。多分、クリスマスってもっと穏やかで暖かで行儀のよいものだけど。

それでも、フライドチキンはまだ温かかった。

「もう今年も終わりだな」

フライドチキンを食べ終えて、俺は言う。

「うん。クリスマスが終わったら一気に終わって行っちゃう」

「来年も、一緒にいられたらいいな」

「私もそう思う」

相変わらず、目の前のイルミネーションは虚空に向かって平坦な光を放っている。ぼんやりとした、弱々しい光。でも不思議なもので、それに慣れてしまった今となっては暗い帰り道へ一歩踏み出すことさえ躊躇してしまう。

このままここに留まっていたい。けれども、いつまでもいられるような場所ではない。明日の夜にもこのイルミネーションが残っているという保証さえない。

「一個言い忘れてた」

明子が、ぽん、と手を叩く。

「ん?何?」

と聞く。俺と明子は見つめあう形になる。

メリークリスマス。

明子のその言葉が冬の空気を震わせた。

「メリークリスマス。そしてハッピーニューイヤー」

俺がそう言うと、明子も笑って言った。

「ハッピーニューイヤー」

来年もよろしく。

その言葉を皮切りに俺たちは歩き出す。暗くてよく見えない帰り道へ。



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サンタクロースを待つ(2/3) 

サンタクロースを待つ(短編)

「寒いな」

と俺が言うと、澤村も頷いた。「あぁ、寒い」

いつも大学生たちでごった返しているコンビニ前の通りにも、さすがにこの時間になると人はほとんどいない。冬の空気が、守るものの無くなってしまった通りをびゅんびゅんと通り抜けていく。

コンビニの裏口の前で、着替えている明子が出てくるのを待っているところだった。事務所は更衣室も兼用になっているから、外で待たないといけない。明子はいつも着替えが遅い。何にそんなに時間をかけているのかわからないけれど、とにかくいつも待たされた。

イルミネーションというには小規模に過ぎる商店街のクリスマスの灯りも、今はもう殆ど消灯してしまっている。コンビニの向こうには街灯がぽつぽつとあるだけだ。

冷え始めた手をこすり合わせていると、「なぁ」と澤村が呟いた。

「ん? 何だ?」とそちらを見るけれども、澤村は地面をじっと見つめているだけだった。あまりにも小さな声だったので、空耳だったのだろうかと視線を外しかけたとき、ぽつりと澤村は呟いた。

「お前は明子のこと、どう思ってるんだ?」

「どう、って」いつも下らない冗談ばかり言っている澤村に、真面目に取り合ってもろくなことはない。しかし、その声は聞いたことがないくらいに真剣だった。俯いた顔は暗闇の中で、その表情は見えなかったけれど。

なんと答えればよいのか分からず、ただ黙ることしかできずにいると、澤村はこちらに顔を向けた。まさに決然と。

「オレは明子が好きだ」澤村のこんな顔は初めて見た。コップの淵で何とか踏みとどまっていた水の表面張力が瓦解したような。

それは、全くの予想外の出来事ではない。

バイト中も、休憩中も、帰りの道すがらでも。嫌でも目に入るから、漠然とした予感はあった。

「だから、オレは明日、明子に好きだって言う」

予感はあったけれど、意図的に目を背けていたのだ。まだ先延ばしにできるって、まだこのままでいられるって。

例え何かがあるとしても、それはまだまだ見えない遠い未来のことだと思っていた。

「だからお前に聞きたい」鋭い澤村の視線は、鈍い俺を射抜く。「お前も明子を好きだって言うならば抜け駆けはしたくないんだ。明子に好きだって言っても構わないな?」

俺はまだこの場に留まっていたかった。3人の、この暖かく凪いだ世界に。

でも多分、澤村はそれを許さない。ただ優しい柩にしがみ付くだけの、世界を切り開く努力さえしない俺を。

でも、俺はどうしたいのだろう?

返すべき言葉は、何度も浮かんでは消える。その間に信号は何度も赤と青を繰り返す。

何度目かに俺が口を開こうと息を吸い込んだとき、玄関の扉ががちゃりと開いた。

「お待たせー…ってあれ」

明子はお互いを見ながら特に何もしゃべっていない二人を見ると、首を傾げた。「どうしちゃったの」

「別に。ただ男どうしの話し合いをしてただけ」澤村が答えると、明子は笑った。

「何それ。なんかやらしい話?」

「あぁ。とっておきのやつだ」

「そうですか。邪魔だったら先に帰る」

歩き出した明子を横目に見て、澤村は小声で呟いた。

「即答出来ないくらいの気持ちなら、」そして明子を追って歩き始める。「オレは、明子に言う」

呆然とその後ろ姿を見送る。二人ぶんの影が近づいていき、同じ速度で歩き始める。

言おうと思えば言えたはずなのだ。

自分も明子のことが好きなのだと。でも言えなかったのだ。分からなかったから。

明子のほうが大事だったのか、

3人の、息が詰まりそうなほどに暖かい春みたいな世界のほうが大事だったのか。

それが分からなかったから。

だから多分、澤村の言うことは正しい。

所詮、明子に対する気持ちはそんなものだったのだ。

それならば、明子自身を見つめて、そして好きだと言い切れる澤村が明子を手にいれたほうが良いのではないか。

二人の影は今にも溶けて見えなくなりそうで、置いて行かれないようにと慌てて歩き出した。




「また今日もクリスマスソングばっかりだな」

有線はずっとクリスマスソングを流し続けている。ひっきりなしに続いていた客足がぽつりと途絶えて、手持ちぶさたに隣のレジに立つ明子に話しかける。

「コンビニにまでカップルで来なくてもいいじゃない、って思うんだよね、私は」

大学が冬休みに入ったからなのか、客層はいつもと明らかに違った。普段は誰もが急いでいるのに、今日は楽しそうだ。

「有線のチャンネルの変え方さえわかれば、今すぐにでも演歌チャンネルに変えてやるのに」

今、このコンビニには俺と明子の二人しかいなかった。今日明子に告白すると言っていた澤村は遅番シフトで、もうそろそろ来る頃だった。

昨日までは何とも思わずに過ごしていたこの怠惰な時間が、もうあと少しで決定的に変質してしまう。澤村の気持ちが通じたのだとしても、その逆だとしても。そう考えると、残り少ないこの時間がとても貴重なものに思えてしまう。どう過ごしていいのかよく分からなくなる。

「テツ君は、クリスマスって好き?」

BGMが『恋人がサンタクロース』に変わったころ、明子は言った。まるで歌うように。

「好きでも嫌いでもない」レジの真正面の壁にかかっている時計を眺めながら答えた。澤村がシフトに入るまであと30分くらい。「昔は好きだったけど、今はそれほど」

「何で変わっちゃったの?」

明子はいつも暇を持て余した時にするように、ふらふらとレジを出てレジカウンター越しの正面に立った。前かがみに、下から覗き込むように話してくる。

「昔はサンタが来たんだよ、俺のところにも」いつもだったら気にならないのに、明子と目を合わせるのが何故だか辛かった。「でも今は来ない」

「サンタクロース信じてるの?」明子は笑った。「なんかイメージと違ってかわいい」

もし。もし明子に気持ちを伝える瞬間があるのだとすれば、それは今しかない。澤村が嫌ったやり方で、俺はわだかまった気持ちを吐き出して楽になることができる。

「信じてるさ」

どっちにしてもこの狭い世界を失うことになるのであれば、そっちのほうが良いのではないだろうか。

「すっごい大きい靴下を飾って寝たりとか?」明子はからからと笑い、楽しんでいる。

そんな明子と視線を合わせることにさえ、いくらかの勇気が必要だった。

「サンタを信じるのとサンタを待つのとは違う」

俺もレジカウンターから出る。二人の間を隔てるものがなくなった今となっては、明子は手を伸ばさずとも届く位置にいる。両腕で捕えられる位置にいる。

背の低い明子は、上目使いにじっと俺を見ている。俺が次に何をしようとしているのか、すべてを見透かしたような視線。微動だにせずに、次の行動を待っているように思えた。

目の奥と奥が引き合ってぶつかって絡み合う。

「――あなたは、サンタを待たないの?」

その瞬間、二人は確かに繋がっていた。この世界とは違う、どこかもっと遠く深く暖かい場所で。

俺はすっと息を吸い込んだ。それは何かを言うためなのか、二人の距離をゼロにするためだったのかはわからないけれど、ただ、これで今の世界は消えてなくなるのだと確信して。

その瞬間、視界の端に何かが映った。見慣れた何かが。

そちらに一瞬だけ注意を引かれて、そしてそのまま動けなくなった。

澤村はコンビニのドア越しにこちらを見ていた。何の感情もなくただ観察しているようなその目と、目が合う。

その瞬間に世界の熱は霧散した。そしてそれはもう二度と戻ってこないのだと思った。

「サンタは良い子のところにしか来ないんだよ」すっかり遠くに行ってしまったような明子に向かって言いながら、ドアの外の澤村に入ってこいよと手招きする。「だから俺のところには来ないけど、明子のところには来るさ。必ず」

自動ドアが開いて、澤村が入ってくる。入店チャイムの電子音が鳴る。

澤村は二人に向かって笑いかける。それを見て俺も澤村に笑いかける。



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サンタクロースを待つ(1/3) 

サンタクロースを待つ(短編)

 店内に流れていた曲が終わって、有線は次の曲を流し始める。

毎年この時期になると必ずどこかで一度は聞く曲。マライアキャリーの「All I want for Christmas is you」だ。

レジカウンターの中、「クリスマスソングだ」と呟くと、

「さっきのもそうだっただろ、クリスマスソングなんて今に始まったもんじゃない」とおにぎりの棚の下、着荷分のバーコードを読み取りながら澤村が言う。

「さっきの? なんかどこかで聞いたことはあったんだよなぁ。何だったかは忘れちゃったけど、サザンだろ? 全然クリスマス要素なかったぞ」

聞き間違えようもない桑田佳祐の声のバラード。ベルの音も鐘の音もしない曲のどこがクリスマスソングなんだよ。

ちょうどレジから真正面の位置に見える時計は23時を回っている。一時間前まではひっきりなしに来ていた客も今は途絶えて、交代直前のこの時間帯はお客もいない。だからやりたい放題、話したい放題のバイトになってしまう。

「えー、いや、何だったかは俺も覚えてないけど。でも確かに12月になるとよく聞くだろあの曲」

よく分からないけれど確かにそうだ。記憶を掘り起こそうとうんうん唸りながら考え込んでしまう男二人。

「ケンタッキーの曲じゃないの、ブルーヘブンって」

さっきまでパンのバーコードを読み取って棚に並べていた明子が、空になったバケットを抱えてレジに歩いてくる。小さな身体にふわりふわりとチョコレート色の髪を揺らしながら。

「おぉ! そうだケンタッキーの曲だ。絶対どこかで聞いたことあると思った」

ぽんと手を叩く澤村をちらりと一瞥して、明子はレジ裏の倉庫へバケットを運び込む。レジ裏のスペースは広くはない。ふわりと漂う花の香りに押し出されるように、避けてスペースを開ける。

「あの曲を聞くと、ケンタッキーの味を思い出しちゃってしょうがないんだよね。すごく食べたいんだけど」

ないの? と目で訴えかける明子に言う。「いや、ケンタッキーなんてここにはないでしょ。」

「普通のフライドチキンでもいい」

「30分前に売り切れました」

「じゃあから揚げ棒ですらいいんだけど」

「この時間にまでから揚げ棒が残っていたことが今だかつてあっただろうか」

「……じゃあ何が残ってるの」

「どうせいつもと同じ、肉まんとチャーシューまんだろ」

がっかりした様子の明子と、おにぎりを並べ終わって笑いながらバケットを置きに来る澤村。

「きょうはすごいぞ」俺は明子の問いに答える。「さらに、あんまんまで残ってる」

「せめてピザまんだったら良かったのに」あからさまに落胆した明子の声。「百歩譲って、ピザまんならばまだクリスマスだって拡大解釈できるのに」

「そんなに食べたきゃ先に買っときゃいいんだよ」

と明子に言うと、

「それは違うよ」と指をこっちに向けて反論した。「お金があれば何でもできるっていう価値観自体が問題なの。何が残るのか、私は神様に委ねてるんだよ。フライドチキンだって残るかもしれないじゃない。それが運命ならば」

「そして今日も残らなかった」澤村は最後の一つのバケットを運び込む。「運命ってのは、待ってたらそのうち向こうから来てくれるものなのか?」

「そういうこともあるかもしれない」俺は澤村に対して言った。

「そうよね、さすがテツ君、話が分かる」

笑顔で大きく頷いた明子に、俺は続けて言う。「神様はあんまんを選んだんだ、他でもない明子に対して」

ぶはは、と澤村が吹き出した。「いいなぁあんまん。15年は食べてないぞ。滅多に口にできないレアものだから心して食べろよ」

「今日はまだその運命の日じゃないんだよ」と明子がむくれて言ったところで、店長がバックヤードから出てきた。

「今日も楽しそうだなおい」と、大きな欠伸を押し殺そうともせずに言う。「おつかれー、もう時間だからとっととあがれー」

「お疲れっす、店長」と澤村がいち早く挨拶する。「今日はこいつらもらって行きます」

澤村が掲げたレジかごには、ショートケーキが三つ入っていた。

「ケーキなぁ。賞味期限がやたら短くてあんまり売れないんだよな。ちょっと発注絞るか」

かごの中の期限切れのショートケーキを見て、店長がうーんと唸る。

「いや、いいんじゃないですか? オレ、ケーキ好きなんで」

「なんか勘違いしているようだから教えてやるけど、お前にやるために仕入れているわけじゃないんだよ」
 店長は澤村をじろりと睨む。

「じゃあフライドチキン入れましょう」

「ピザまんも」

口々に仕入れのリクエストを伝え始める三人に、店長は「はいはい、さっさと帰りな、遅くなっちゃうぞ」と手で払いのける仕種をする。

お疲れ様でしたーと店長に挨拶をしてバックヤードへと移動する。

バックヤードは倉庫と休憩所と更衣室が合わさったようなスペースで、空調は効いているけれども箱やごみや荷物で雑然としている。

ぱたんとドアが閉まって、澤村が言った。「チキンもピザもないけど、ケーキならある。クリスマスを楽しもう」

いつもどおりの習慣で、俺は積み重なった段ボールの上に座る。明子は事務机の椅子に座り、澤村は弁当類が入っていた青バケットに座るとケーキの包装を解き始める。

キャスター付きの椅子に座った明子はくるりとこちらを振り返るなり、苦々しい顔で言う。
 「クリスマスなんて中止になればいいのよ」

バックヤードにも流れている有線のクリスマスソングは、いつの間にか山下達郎に変わっていた。

「何を突然言い出すんだよ」

と聞くと、

「違和感無さすぎて忘れてたけど、さっきここに入って来る時にそこの鏡で見えて思い出しちゃったのよ」明子はドアに貼り付けられた鏡を指差す。「このサンタ帽子」

あ、と男二人は間抜けな声を上げて頭の上を調べ出す。

「なんかクリスマスだって浮かれてる人みたいでバカみたいだっておもったんだよ。今すぐにでも、今日のお客さん全員に向かって叫びたい。これは私の真の姿ではないのです、って」

「クリスマス、そんなに嫌なのか?」

自分の頭のサンタ帽を手でばさりと払って、澤村が明子に聞く。そちらをちらりと見る。何か探るような視線だった。

「嫌よ。とても嫌」明子は首をぶるぶると振る。「ホワイトクリスマスの恐怖」

「ホワイトクリスマス?あれ?明子って北国出身だったっけ?」

と聞いた俺に、明子は心底分からないといった表情を見せる。

「静岡出身なんですけど。確か何度か言ったよね。静岡が北国なら、東京なんて北の果てだよ」そして思い出したように続ける。「まぁ確かに寒い」

「クリスマスに雪を怖がる奴なんて、俺は雪に埋もれる北海道人しか知らないぞ」

「ホワイトクリスマスって、以前言ってたあれか?」澤村が言った。「予定は未定、予定は白紙って」

「何だよそれ」

と訝る俺に、明子は机の上の鞄からがさがさと取り出したメモ帳を見せる。

「これよ」

「12月の予定帳」

「普段はこんなに忙しいの」示した12月前半の、びっしりと文字で埋め尽くされた日付欄。

「で、これが現在の予定」と細い指で示された12月後半の予定は、クリスマスを中心に前後3日が完全な白紙になっていた。「みんな友達よりも彼氏彼女を優先する。裏切り者の踏み絵なのよ。この日は」

「キリスト教徒でもないのに踏まされるなんて、現代の踏み絵って怖いな」澤村が笑う。

「だから私は働くのよ」22日から25日までを繋いで、でかでかと矢印を書く。そしてその下に、さらに大きな字で「バイト」と書いた。「裏切り者ばかりでも、一人でも生きて行けるように」

「キリスト教の神聖な日を己の欲望の言い訳に使う罪人たちの原罪を灌ぐために」

俺が言うと、

「何とでも言うがいいさ。明日からクリスマス本番、絶対に負けない」と、明子は澤村の差し出したショートケーキを掴む。慣れた手付きでくるくると包装を取って畳むと、そのままぱくりと口に含む。

俺も澤村も、同じように続く。

「なんかいつもよりも美味いな」

と俺が言うと、澤村も頷く。

「クリスマス効果だな」

気がつけば、有線の曲はジョンレノンのクリスマスソングに変わっていた。この世界に、クリスマスソングは何曲あるのだ。

「おいしい」明子も小さな声でつぶやいた。「ただ、いちごだけはいつもどおり。すっぱい」

「確かに酸っぱいな」澤村が言った。
 「でも、酸っぱいからケーキの甘さが際立って、これはこれで悪くない」俺は言った。ケーキは一瞬で食べ終えてしまった。
 「クリームはとっても濃厚だね。甘い」明子が指についた生クリームを舐め取りながら言う。
 「帽子、取らないのか?」いつまでも帽子を取らない明子が気になって聞く。すると、

「今はいいや」と言った。「この帽子、見た目によらず暖かいから」

そして明子は、くすぐったそうに笑った。

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8.2 - チョコボールの銀のエンゼル(2)  

加速度

事務所の扉を開けると、冷えた空気が肌に染みた。「……寒っ」

私の前、皆川くんは階段の3段上を歩きながら「もうこんな時期ですもんねぇ。雨まで降ってるし」と笑う。

「どこに行こうとしてるの? また食堂?」

「はい。ジュースならあそこがいちばん数がそろってる」

みんな帰ってしまって薄暗くなった階段を上って、2階の事務所から3階の食堂へ行く。距離的にはそんなに遠くはないのに、心臓がどきどきする。息が早く、熱 くなる。多分これは今日一日動いていなかったからで、こんな時間まで働いていたことで疲れもたまっていて、急な激しい運動に体がびっくりしているせいだと 思う。

足下を見て歩く。階段を踏み外さないように。

ほどなくして見えた食堂は暗かった。こんな時間の食堂に来たことなんてなくて、見慣れたはずなのに、そのドアは黒い異世界への扉か何かに見えた。

躊躇する私に構わず、皆川くんは扉を開けて中に入ると、慣れた手つきで部屋の電気をつけた。ぱたりと閉まったドアの外で立ち尽くしていた私は、急に明るく なった部屋の光度に目が眩んだ。手で蛍光灯の光を遮り、ゆっくりと目を開けると、ドアは内向きに開いていた。皆川くんが中から引っ張って開けていたのだ。

ゆっくりと足を踏み入れる。皆川くんは後ろ手にドアをぱたりと閉じる。

「さーてと。何にしようかなー」

そして歌うように、自動販売機の商品を物色し始める。7台並んだ自販機をすり抜けていく。

「もうホットも出てるんだね」何かを言わなければ間が持たないけれど、何を言っていいのか分からないから。とりあえず、皆川くんの向こうに見える自動販売機の赤いランプを見て言ってみる。

「そうですねー。夏みかんゼリーとかパインジュースとかが軒並み無くなっちゃってる」

自販機をこつこつ指で触りながら跳ねる皆川くんの指は、原田君のように艶めかしく私の心を撫でるような指ではない。ごつごつした技術者の指だ。レンチやドライバーに絡みつき、ぎゅっと握って手足のように自由に動かす指。どちらの指が美しいだろう、と考えかけたけれど答えは見えている。

原田君の指の感覚に私は溺れることができるけれど、深づめ気味なのではないかと思うほど一部の隙もなくきれいに切りそろえられた爪をもつ皆川君の指は、どう見たって力強すぎる。息を切らせながら、心臓をばくばく言わせながら着いていくのがやっと。

「――川村さんは」

「……え。何」ぼーっと考え事をしていたところに何かを話しかけられた。慌てて皆川くんのほうを見て聞き返す。

「いや、川村さんは何にするのかなーって」

「……あー。うん。そうだよね。どうしようかな、うん」気を抜いていたところを見られたことに焦る。「えーっと」

疲れているのだきっと。ちゃんとしなければ。

自動販売機を端から順に見ていく。どうやら自動販売機は完全に冬仕様に置き換わっているらしい。そこに見知った缶を見つけてほっとする。冬の寒い日には、私は、どうしてもこれを飲まなければいけない。

「じっくりコトコト煮込んだスープにします」

私は皆川くんに向けて高らかに宣言する。百円を入れてボタンを押す。ごとりと缶が落ちてくる。コーンポタージュの黄色い缶は火傷しそうなくらいに熱くて、私はそれを3秒と持ち続けることができない。

「完全に冬気分ですね」皆川くんはにこりと笑う。「じゃあ僕はこれにします」

「……ファンタオレンジ?」皆川くんの示した商品を、私は信じられない思いで見る。「こんな寒いのに、好きだねぇ」

百円玉を手渡しかけて、思い直してやめる。その硬貨は直接自販機に投入する。

「ありがとうございます」と微笑む皆川くんの顔を見ないようにする。

「おごらせておいて、今さらありがとうもないよね」こっちはこっちで笑う。皆川くんの後ろの自動販売機に向かって笑いかけてるみたいに思う。

手近の席に座って、雑念を捨てるみたいに、ゆっくりと缶を振る。

昔、まだ大学生だった頃、私と原田君はよくレポートを見せあい、写しあっていた。私は原田君の得意な法律科目のレポートを、原田君は私の得意な言語学のレポートを。

夏は暑さをしのぐために図書館でやっていたけれど、冬は付属高校に通う受験生が使っていたり、入試の期間だったりでほとんど使えなかった。その時に私たちがよく使っていたのは校内のミーティングスペースだった。がらんとしてしまった校内は静かで、レポートをやるには最適だったけれども、オフシーズンの校内は 空調も弱くて寒さだけが問題だった。私たちは寒さを防ぐために自動販売機でホットの缶コーヒーなどをよく飲んでいた。

そのときに原田君が教えてくれた、コーンポタージュの飲み方。

コーンの粒を残さずに飲み切るためには、缶に遠心力をかけ続けること。加速度で力を与え続けて、とにかく流れを澱ませてはいけない。そして一旦残ってしまったら、後からどんなに叩いても振っても動かしても、絶対に張り付いて出てこない。

「こうやって動かしながら飲むと、コーンの粒が残らないんだよ」言い含めるようにゆっくりと。そして私は缶を開けたらすぐに飲み始める。

「そうですか。いい裏技だなぁ」今私の前にいるのは皆川くんで、まだファンタのプルトップを開けずに、ゆっくりと缶を回す私を見ている。「今度試してみよう」

「それはそうと」コーンポタージュの甘さに浸って少しだけ落ち着きを取り戻した私は、気になっていたことを聞いた。「どうして雨が降るって分かったの? 天気予報でもずっと晴れだって言ってたのに」

皆川くんはぽりぽりと頭をかくと、「きんもくせいが咲いたからですよ」と言った。

「きんもくせい?」

「はい。」皆川くんは手に持ったチョコボールの箱をくるくると回している。「川村さんは、咲き終わったきんもくせいの花がはらはら散って行くのって見たことあります?」

うーん、と、思わず考え込んでしまった。はらはらと、晴れた日に寿命を終えて散って行くきんもくせい。「……いや、ないかも」

「僕もないんですよ。で、昔、こう言われたことがあるんです。それは雨が降って花を全部打ち落としてしまうからだ、って」

なるほど。確かにそうかもしれない。「秋は夕立も多いし、天気が変わりやすいからね」

しかし皆川くんは首を振った。「きんもくせいが強すぎるんです」

強すぎる? 私は首をひねる。皆川くんは続ける。

「世界を変えることができる粒子みたいなものがあるんです。目に見えない小さな。それは誰にもどこにでもあるんですけれど、きんもくせいの香りはまさにその一つで」

皆川くんと一緒にきんもくせいを見上げた時のことを思い出した。意図していないのに。それは唐突に強制的に始まったテレビコマーシャルみたいだった。濃厚な香りのこと、それに中てられたように、けほけほと咳き込んだこと。銀色に光るマウンテンバイク。

「世界はものすごい濃度で変わって行く。でも超えることができない臨界点があって、そこに到達した瞬間に雨が降るんです。ものすごく高くなりすぎた湿度が雲を作って雨を降らせるみたいに」

強制的に再生された映像は流れ続ける。あのじゃがりこの味でさえ今は思い出せる。

世界を変える粒子ってものが本当に実在するならば、それは、今この場にわだかまっているのかもしれない。

私はやっと声を出す。「まるでバベルの塔みたいね」

「この時期の雨はあまりにも冷たいから。後にはこんなに寒く変わってしまった季節だけが残されるんですよ。」皆川くんは喋りつかれたのか、ファンタのプルトッ プを開けてごくりと一口飲む。「秋なんていうどっちつかずの季節なんて、すぐに終わっちゃう。それが僕の言った『きんもくせいは世界を変える』です」

あの時と同じだった。食堂ではっきりと、遠い海を見た時。ファンタオレンジの香りはあまりにも強くて、私はがつんと乱暴に、目を開けることを強要される。それは手元にあるコーンポタージュの香りを吹き飛ばしてしまうくらいの力を持っていた。

「ねぇ、川村さん、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

ちらりと盗み見た皆川くんの目は、いつもみたいなはぐらかす視線ではなかった。何を言われるかはもうこの瞬間にだいたい予測がついたし、返答を間違えては絶対に駄目だと思った。

「いいよ。変なことじゃなければ」それでも私は皆川くんと視線を合わせることができない。

すぅっと息を吸い込む音。それはどちらの呼吸なんだ。

「川村さんって今、付き合ってる人いるんですか?」

予想はしていても。いや、むしろ、予想していたからこそ、心臓が大きく動くことを止められない。

「――いるよ」皆川くんの真っ直ぐな声に対して、私の声はどう頑張っても消えそうなほどに小さい。

「そうですか――まぁ当然そうでしょうね」少しトーンの落ちた皆川くんの声。私は俯くことしかできずにいる。

「当然、なの?」

「そりゃそうですよ。川村さん、すっごいかわいいし。誰もが誰も放っておくなんて奇跡はあるわけないんです」

この心臓は、もう何に対して大きく動いているのかわからない。

ただ、いつ以来だか思い出せないくらい久しぶりにぶつけられた直接的な好意の言葉を、私は嫌だとは感じていなかった。

その感情に、そしてぶつけられる好意に抵抗するように絞り出した私の声。「リエならともかく、私にそんなの過大評価だと……」

「少なくとも僕はそう思うんです」それでも小さくなっていく私の言葉を遮るように、皆川くんの声が再び大きくなる。「小さいし可愛いし白くてふわふわしてる川村さんが。すごくかわいいと思う。僕にとっては他の人なんてどうでもいい」

自動販売機のモーターが回るごうんごうんという音が大きくなる。それは現実の音だとは思えなかった。

「本当に言いたかった言葉は別にあったけれど……それはもういいです。そのかわり、もうひとつだけ聞かせてください」

多分、これ以上言わせてはいけないのだと思う。これまでの関係は多分、続きを聞いたら一気に瓦解してしまうのだ。知らないふりの対等な関係。でも、だからこそ、私にはその言葉を止めることはできない。「……うん」

私の声は消え入りそうで、でも、皆川くんの言葉はとてもすっきりと、はっきりとしていた。

「川村さんをこのまま好きでいてもいいですか?」

ひとつの自動販売機につられるように。モーターの音は次々に他の自動販売機に伝播し大きくなっていく。ごうんごうんと。それはジュースを冷やすための圧縮機の回転音だという。ゆっくりと回っていく。

いつもそうだ。私には歯車が回転し始める音がはっきりと聞こえる。でも、それがどこにあるのかは分からない。少なくとも腕を伸ばして止められるようなものではなくて、ただ回転数が上がっていく歯車の音を遠くに聞き続けることしかできないのだ。

「止めないよ。だって、それは私にはどうすることもできないから」

私のこの言葉は多分適切ではなかったと思う。でも、こう答えるしかなかった。

手元のコーンポタージュを一気に飲む。いつの間にか暖かさを失っていたコーンポタージュ。遠心力を失ったまま冷えていったコーンは底に沈んでしまっている。多分今からどんなに振っても、底に張り付いてもう出てこない。

どんなに飲んでも、空気のそこここで弾けているオレンジの芳香に邪魔される。コーンポタージュの甘さはほとんど感じられない。

「ダメだって言われたらどうしようって思っていました」皆川くんが言う。「そんなの重いとか邪魔だとか」

「重いよ。」私はコーンポタージュを飲み切ってしまった。まだ中にコーンの感覚を残した缶を机にごとりと置く。「重くないわけないでしょ」

「えっと――その、ごめんなさい」

私の本音に慌ててしまう皆川くんがかわいそうだったから。だから私はまた余計なひと言を言ってしまう。

「でも嬉しかった」しかし怖かったから、慌てて付け足す。「ちょっと自信がついた」

「自信ですか?」

「うん、自信。私もまだ若い子に恋愛対象として見てもらえるんだなぁって」一回余計なことを言いだすと、際限なく出てきてしまう。こんなのは本当はよくない。

「それは自分を過小評価しすぎですって」

「ひとつ聞きたいことがあるんだけど」余計なことついでに、どうしても聞いておきたいことを最後に聞いておこう。それで多分、この話は終わり。「皆川くんは、私のどこが好きなの?」

相手が自分を好きでいてくれるという自信は、とても強い。ようやく私は皆川くんの目を見て喋ることができた。

皆川くんは私の目を見返して即答する。「顔です」

「……顔?」

「はい。正確に言うと見た目全体と言うか」

「性格がとか優しさがとかじゃなくて」

「まだ知りあってほとんど時間も経ってないじゃないですか。そんな状況で、見た目以外のどこで判断すればいいんですか」

皆川くんの意見は驚くほどにストレートで、信じられないくらいに正しかった。確かに私たちは、まだ知り合ってから1ヶ月くらいしか経っていない。

「……顔かぁ」それにしても、なんとも言いようのない返答。

「昔好きだった人と空気が似てるんです」

「ふーん」

「肌が白くて、身長が低くて、髪がふわふわしてました。今となってはそんな印象しかないけど。でも髪はもう少し長かったかな。背中にかかるくらい」

「随分長い髪ね」私の髪は肩を撫でるくらいだけど、ウェーブをかけているからシャンプーをすると背中までは届く。そろそろ切らなきゃいけないだろうなと思っている。これで背中まで届いたら多分すごく重いし、シャンプー代もバカにならないだろうなと思う。

自動販売機の音は随分静かになった。多分、中のジュースは完全に冷やされたのだ。

「――ということで」いつもみたいな明るい声で。皆川くんは言った。手の中のチョコボールのパッケージをするすると引き破りながら。「食べましょうこれ。お腹すいた」

「そんなものもあったね。すっかり忘れてた」楽しそうに細められた皆川くんの目に誘われて私まで笑ってしまう。

ぺりぺりと包装を解いてくちばしを開封すると、皆川くんは「おぉ」と声を出した。

「何? どうしたの?」椅子を動かして手の中を覗きこむ。

「久しぶりに見ました。銀のエンゼル」こちらに差し出された箱の箱のくちばしには、懐かしい銀のエンゼルが印刷されていた。「銀は出すたびに、おもちゃの缶づめに一歩近づいたぞって喜ぶんだけど、考えてみれば集まったことないです」

「私もないなぁ。だいたい、忘れた頃に次の銀が出てくる」

「一撃必殺の金が出たら、話はとても早いんですけど」言いながら、皆川くんはからからと3個を手に取り口に運んだ。そして『食べます?』と聞かれたので私は頷く。

「あれって都市伝説じゃないの? 見たことある人知らないんだけど」ずっと皆川くんの手に握られていた箱は熱く、中のチョコレートが溶けてしまわないだろうかと心配になるくらいだった。確かめるように1個を手に取り、口の中へ放りこむ。

「決めました。川村さん、僕は今決めました」突然皆川くんがぽんと手を叩いた。

「え……え。何を」

「銀のエンゼルを5枚集めます。そしておもちゃの缶づめを手に入れるんです」皆川くんは、ぐぐっと身を乗り出してくる。声が直接心臓を打つような距離だった。あまりに近くなりすぎたから、身を引くことができない。

「川村さんも、できるなら協力してくださいね」

「は――はい」真っ直ぐに見つめてくる瞳に捕らえられて。視線をそらすことができない。

「おもちゃの缶づめを手に入れたら、中身を何かひとつ、川村さんにあげます。今日という日を忘れられなくなる、呪いのアイテムですよ」

この感覚は、間違えようがない。キスをする一瞬前の感覚と同じだ。離れられないのではない。引きあうのだ。それも、磁石のN極とS極が引きあうような宿命的 な引力ではない。漆黒の雲間から放たれた電撃が、ほんの一瞬の揺らぎに導かれて、大きな木の僅かなプラス電気をめがけ落下していく感覚。

ひと呼吸ごとに近づいていくみたいだ。ふたつの世界が絡み合ってほどけない。濃密な熱と湿度をまとわせながら。

瞬きをした瞬間に戻れなくなるのではないかという予感と、あと1センチでも近づいたら引力に飲まれるという焦燥に支配されながら。どのくらいの時間が経ったのだろう。乾き始めた目とぼーっとしてきた頭は限界に達し始めていた。

けれども終わりは唐突だった。

皆川くんはすっと目を伏せる。睫毛から光と熱がさらさらと零れ落ちる。

そして、「甘すぎます」と皆川くんは言った。

どきりとした。まるで私の心が見透かされているみたいで。でも、皆川くんの次の言葉を聞いて私は笑ってしまった。

「やっぱりチョコボールはピーナッツじゃないとダメですね。キャラメルはやっぱり、甘さに底がなくてどこに寄りかかればいいのか分からない」

笑うと同時に、力が抜けてしまう。

「ごめん。私は結構、これ、好きかも」

どこまでも甘く、甘く深まっていく。それはまるで甘美な底なし沼みたい。足場もなく、ただ重力に流されるままに甘く暖かく包まれる。ピーナッツとは違ってキャラメルにはそれができる。

私はそっちのほうがいい。

「そうですか……ファンタオレンジじゃなくて、お茶とか無糖紅茶とかにすればよかった」皆川くんはそう言いながら、箱からさらに3個取り出して口に放り込んでいる。

「私の分も取っといてね」

これ以上踏み込まなくて良かった、という安心と、多少の消化不良感と。後に気だるげな甘さを残して、チョコボールは静かに溶けていく。

「銀のエンゼル集めはピーナッツでやります、絶対に」

皆川くんの決意はゆっくりと流れていって、私は周りの季節が変化していたことに気づく。

コーンポタージュを飲み切った私は少し寒さを感じ始めていた。
 100円玉が手元にあったなら、次は紅茶を買おう。そうすれば、次はもう少し暖かい。

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8.1 - チョコボールの銀のエンゼル(1) 

加速度

 土曜日に降り始めた雨は、月曜日になってもやまなかった。朝方は随分弱まっていたから折り畳み傘で来てしまったけれど、窓の外では雨が強まったり弱まったりを繰り返していて、油断すると帰るまでにずぶ濡れになってしまいそうだった。

「また強くなって来ちゃったなぁ」

もう課長が帰ってしまった窓際で、ブラインドを上げて外の様子を伺っていたリエがため息をついた。すっかり外は暗くなってしまって、他の部署も含めてみんな早く帰ってしまった事務所の中は静まっている。天井の明りが煌々と眩しかった。

「弱まるのを待ってたらいつまで経っても帰れないよ。こういうときには『ここ』ってすぱっと決めてすぐに帰ったほうが濡れずに早く帰れる」

今井さんは机のノートパソコンをぱたりと閉じる。

「今井さんまで帰るつもりですか、私を置いて」

普段はもっと遅くまで残っているのに。ちらりと一瞥を向けると、「怖いなぁ川村さん」と笑った。

「笑い事じゃないです、みんな早く帰ってる珍しい日なのに、課長ですらもういないのに、私だけぜんっぜん終わる気配がないんですけど」

製品の初期在庫を送る営業所と代理店とアイテムごとの個数の管理。これを一から作り始めなければいけない上に、初期在庫の段階でいきなり欠品が出ていたりして、納期遅延の連絡とお詫びのメールと。一体なんでこんなことになっているのか。

「男には、やらなきゃいけない時ってものがあるんだぜ」と親指を立てた今井さんに、

「はい」と、もう突っ込むこともめんどくさくなって生返事をする。

「あ、ちょっと弱まりそうな気配」とリエが声を上げる。

「リエさんまで帰ってしまうのでしょうか」と、できる限りの悲痛な声をかけてみても、

「うん。帰るよー。濡れたくないし。まだまだ月曜日だし」リエは意に介さずに机に戻ってきて、パソコンをぱたりとやる。

「こんなに頑張ってもまだ月曜日……」思わず天を仰ぐ。蛍光灯がまぶしい。

「まぁ気を落とさないでよ。最大限、俺にできることは手伝うから」今井さんは私の席の傍らにあるゴミ箱を手にとって、事務所の端にある大きなゴミ入れにがさがさと中身を放り込む。「帰る間際のゴミ捨てが意外にめんどくさいんだよね。これで負担はずいぶん減ったはずだ」

「手伝えるんだったら、せめてアイテム納期表の更新だけでも……」

「――俺にできるのはここまでだ。未来は自分の手で掴み取りな」今井さんはゴミ箱をもとあった場所に返すと、私の言葉を遮るように再び親指をびしっと立てる。

「千佳子さん、私には何もすることはできないの。でも魂だけは置いていくわ。せめてこれを、あなたの力にしてほしい」リエは私の隣まで来ると、両手を胸の前で組んで、芝居がかった口調で諭すように語る。そしてチョコボールをひと箱置いていった。

「なんでキャラメル味……」

チョコボールといえばピーナッツではないのかという私の弱々しい抗議には聞く耳など持たず、

「じゃあ、お先にー。また明日」

と、二人は並んで去って行ってしまった。後には私と、唸り声を上げるエアコンだけが残される。――とにかくやるしかない。やらないと帰れない。

アメリカ、ドイツ、中国と、メールを読んでは注文をフォームに記入していく。
 中国からのメールはよく文字化けしているので怖い。
 その次はスペイン。営業のカルロスさんは陽気な人だ。陽気だしラテン。メールの冒頭がDear honey Chikako, long time no see, I miss you!!!となっている。とてもビジネスのメールだとは思えない。プライベートのアドレスに来たら一瞬でゴミ箱送りにすると思う。そもそもカルロスさん とは会ったこともない。
 まぁそんなことはどうでもいい。早く数字の羅列をExcelに写さなくてはいけない。スペインは……あれ。なぜかもう数字が入って いる。でも確かに入れた覚えがある。カルロスさんが間違って注文メールを2通送っちゃったのだろうか。メールを過去にさかのぼって行く。確かにここにカルロスさんの名前が……とおもってよくよく見てみたら、フランス人のシャルルさんからのメールだった。冒頭がI love you Chikako! だったから見分けがつかなかった。というか、あっちの人はみんなこういうノリなのだろうか。紛らわしいことこの上ない。

一旦つまづくと、気分を取り戻すまでに時間がかかる。力が抜けてしまって、ふぅと息をつく。右手でマウスを操作しながらフリーな左手で無意識に触って動かし ていた、リエの残していったチョコボールの箱が目に入る。少し休憩しようかなぁ、とチョコボールの箱をじっと見つめていると、ガチャッと扉が開く音がし た。

「あれ、川村さん。まだお仕事ですか」

今となっては聞き慣れた声だけど、突然声を掛けられて驚いた。心臓が跳ねる。ドアのほうを見ると、そこにはいつも通り白衣を黒く汚した皆川くんが立っていた。

「皆川くん、まだいたの」

気を抜いていたところに入ってこられた動揺を隠して冷静を装う。

「まだいたのってひどいなぁ。こんなに頑張って働いていたのに」

白衣を椅子の背にかけ、皆川くんはふぅと息をつく。

「今日もまた、こんな時間まで炉のメンテナンス?」

チョコボールの箱を左手で弄びながら聞く。皆川くんはぐだーっと机に突っ伏して言う。

「こっちに異動したのはいいけど、営業っぽい仕事まだ一回もしてないんですけど……ってあれ」私の左手をじっと見つめる。「何かいいもの持ってますね川村さん」

「これ?」手の中のチョコボールを皆川くんに見せる。「リエが置いていったの。キャラメル味だけど……食べる?」

「キャラメル味……」皆川くんはがっくりとうなだれる。「キャラメル味なんて見たのは運動会でもらったお菓子の詰め合わせ以来ですよ。こんなものを好き好んで買う人がいるなんて――実は大神さん、川村さんに恨みでもあるんじゃ」

「恨まれるようなことはしてないけどなぁ……境遇だけで言えば私のほうがリエを恨んでもいい気がするけど」まだ白紙ばかりのエクセルシートと他に誰もいないオフィス。

「うまい棒だと思ったら納豆味だったりとか、ハーゲンダッツだと思ったらストロベリーだったりとか、食べ物の恨みは一生消えないんですよ。戦争に発展しても文句は言えないレベル」

「そこまでなのかなぁ」

「でも大神さん優しいから、もしかしたらピーナッツばっかり売れてって山のように残ってるキャラメルがかわいそうで救いの手を差し伸べただけなのかもしれないなぁ。それだったらその心意気を受け止めなきゃいけないなぁ」

「いや、そんなことはないと思うけど」ずっと見てきたら分かる。リエはドライだ。感情に流されることこそあれ、かわいそうだと誰かに手を差し伸べることはない。

「よし、食べましょう。キャラメルでもチョコボールには違いないんだから差別しちゃいけない。お腹すいたし甘いもの食べたい」

「それが本音なんじゃないの? お腹がすいたら生き方だって捻じ曲げちゃうんだ」

「どっちでもいいんですよ。おいしく食べられれば。それに」

「それに?」

「賭けに勝った分がまだ残ってるんです」

皆川くんは窓の外を見る。風も徐々に出てきたみたいで、また強くなりだした雨がぱらぱらと窓に当たって音を立てていた。

やけに大きな音だった。

「やっぱり覚えてたんだ」

「もちろんですよ。忘れるわけないです」よいしょ、と声を出して、皆川くんは席を立ちあがる。「晴れたいい日だったし、じゃがりこだっておいしかったし」

そのまま机の後方を通って私の後ろへやってくる。予想外に近い距離に身を固くした私をすり抜けるように、「行きましょうよ、遅くなっちゃう前に」左手の中のチョコボールをすっと引き抜いた。

え、と声を上げるよりも早く皆川くんの掌の中におさまっていたチョコボールは、私の薬指に引っ掛かって、しゃら、と小さな音を立てた。いつの間にか私の左手は何もない空間を握っていた。

「先に行ってますよー。早く来ないと川村さんの分は無くなっちゃうかも」すたすたと乾いた音を立てて扉のほうに向かう背中を呆然と見る。それは私のものなのに。
 自然にふぅとため息が出てくる。

仕事が遅れるけど、仕方ない。どうせ私も休憩するところだったしちょうどいい。借りを長い間作ったままにしておくのも気持ち悪いし。

のろのろと立ち上がると、その背中を追いかける。

 皆川くんは開けたドアを手で支えながら、笑ってこっちを眺めている。

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7.3 - タルトタタンとベイクドチーズケーキ(3) 

加速度

「……ないね」

困ったなぁといった声で、原田君が呟く。

ショーウィンドウの中には、色とりどりの様々なケーキが並んでいた。オレンジのパウンドケーキ、タルトショコラ、パンプキンパイ、ベイクドチーズケーキ、いちごのムース。ただ、タルトタタンだけがなかった。

「すみません、タルトタタンって今日はないんですか?」

私はあきらめずに、脇に立っている店員のお姉さんに聞いてみる。マスターはドリンクを作りながら店の奥でどんどん焼いてくるから、今はなくても後から出てくることもけっこうある。

「申し訳ありません、本日分のタルトタタンはもう、2時間前に売り切れてしまいまして」

2時間前。ということは、私たちが早稲田に来たときには既にこの店にタルトタタンはなかったのだ。

「午前中で売り切れちゃったんだ。すごいなぁ」原田君は驚いている。

「バースデーケーキで注文したお客様が何組かいまして。いつもならあるんですけど、今日だけたまたま売れちゃったんです」

「そうかー。そいつは残念……どうしようか」

「いいんじゃない? 他のケーキもおいしそうだし」問いかける視線を送る原田君に私は言う。「タルトタタンはいつでもおごってもらえるんだから」

自分からすり寄るみたいで、あまりいい気分ではないけれど。でも原田君は安心したように笑う。

「じゃあ、この本を返しに来るときにでも」

原田君も私もベイクドチーズケーキとコーヒーを頼むことにする。ベイクドチーズケーキはこの店の看板メニューで、大学に通っていた頃は何か甘いものが食べたくなるたびにここに来て食べていた。

ここの店のケーキは一個がすごく大きいから、すぐにはなかなか食べきれない。だからコーヒーを飲みながらちびちび食べて、長居しやすいのがとても良かった。

「それにしても」注文し終わって席に着いた私は、原田君の右手にぶら下がった伊勢丹の袋を指す。「何の本を借りに来たの? なんかすごく重そうだけど」

「あー……これ」原田君は袋の中身をひとつずつ、大事そうに机の上に並べる。

「アメリカの特許法についての参考文献」

「……英語?」分厚い本の表紙には日本語が一切見当たらない。

「うん。英語だよ」

「ふーん。そうですか。会社に入ってまでも勉強なんて大変すぎる。私だったら断固拒否だよ」

「そうだね、こっちもできることなら避けたいけど」原田君は苦笑しながら袋の中身を全部出し終えた。タイトルさえ分からないものばっかりだったけれど、最後の本だけは私にも分かった。

「地球の歩き方?」それはアメリカの観光ガイドだった。昔海ヨーロッパ旅行に行ったときに持って行ったのと同じシリーズだ。

「別にいらないって言ったんだけどなぁ」原田君は苦笑しながらページをぱらぱらとめくっている。

「アメリカに行く予定でもあるの?」

「うん。出張でちょっと」

「出張で海外かぁ。いいなぁ。私なんて、丸の内くらいが限界だよ」

冗談めかして私は笑う。けれども予想に反して原田君は笑わなかった。

「一緒に行く?」とだけ言った。私の聞き間違いでなければ。本当にそう言ったのか分からないくらいに小さなつぶやきだった。

「え。どれくらい行くの?」

「まずは3週間」

「えー……いやいやいや。長すぎるでしょ、それは。年末年始の旅行ならともかく。会社あるし、出張に着いていっても多分すごく暇」

「まぁ確かにそうなんだけれども」

原田君はそれきり何も言わなかったので、その手から観光ガイドを取ってぱらぱらとめくる。アメリカにはあまり心を惹かれない。

ぼんやりと眺めているうち、コーヒーの香りがふわりと漂ってくる。

マスターが一杯ごとにドリップするコーヒーはとても香りがよくて、コーヒーがあまり好きではない私でさえもここに来るとコーヒーを頼みたくなってしまう。

それはなんだか、懐かしささえ感じる香りだった。波にたゆたうように、漂い始めた芳香にとっぷりと浸かる。

「昔はよくここに来たよね。」と、原田君は言う。「二人で来たり、みんなで来たり。甘いものが欲しかったら、とりあえずここに来ればなんとかなる気がしてた」

私は頷く。「全種類のケーキを制覇するんだって頑張ってたけど、来るたびに新メニューがあって挫折しちゃったんだよね。今日も、オレンジのパウンドケーキなんて初めて見た」

甘くて苦いコーヒーの芳香が店の中の時間の流れを減速させているようで、ここに来ていた頃は、ふと気が付いて窓の外を見るとすっかり暗くなっているというパターンがほとんどだった。

原田くん越しに見た窓の外が暗くて、今何時だろう、と携帯を取り出す。まだ3時を過ぎたばかりで夕方と呼ぶには早すぎる時間だった。

「なんか、ずいぶん暗くなってるね」

原田君は振り向いて窓を眺めながら言う。「もう、いつ降りだしてもおかしくないって感じだね」

雨が降る。

皆川くんのあの天気予報は、私の心の底にずっとわだかまり続けていた。忘れることができずにいた。

なんでだろう。

降りそうな雨に心臓がざわついている。

何かをしていないと落ち着かなくて、追い立てられるように携帯の画面をフリックする。何度か画面は行ったり来たりして、そして気付いた。メールが届いている。

「由紀からメールだ」

「野村さんから?」

問いかける原田君に私は頷く。「うん。半年ぶりくらいにメール来た。なんか久しぶりだなぁ」


 メールの文面はこうだった。

千佳ちゃんお久しぶり。多分原田君と一緒だと思うので二人あてにメールします。

私、結婚することにしました。二人の知らない人だけど、多分運命の人だと思います。

報告も兼ねて、一度二人と会いたいな。デートの邪魔だっていうならごめん。

でも、久しぶりに会いたいのです。


「結婚だって。全然そんな気配なかったのに」

最後に会ったときの様子を思い出そうとするけれど、特に変わったようには見えなかった。

「運命の人っていうのが野村さんっぽいなぁ。見つけられたんだ。よかったね。」

と原田君が言って、私も頷いた。

「本当に、見つけられたなら良かったなぁ」上の空でそう言いながら、私は思いもかけなかった結婚報告に驚いていた。

驚いていた? いや、たぶん違う。

「いいなぁ。会いたいな。どんな相手か、どんなふうにして運命を感じたのか、聞いてみたい」原田君は言う。

「うん。会いたいって後でメールしておく」

そのとき、失礼しまーすと声がかかり、ベイクドチーズケーキが運ばれてきた。私たちは会釈して受け取り、フォーク片手に食べ始める。

濃厚なクリームチーズのケーキだった。甘く暖かな重力に捕らえられて、動くことすら億劫になってくる春の真ん中のような味。目の前には広い世界が広がっていて、それを夢うつつに眺めているようだった。

それにおぼれることができるなら、とても楽。だけどチーズケーキがなくなるスピードで、それは消えてしまうのだ。食べるスピードが早いらしい私でなくても。

一緒に運ばれてきたコーヒーでその甘いぬかるみを流し去る。

「由紀はすごいと思う。もう若くないし、30を過ぎたら歩き始めるのだって大変だと思うの。間違った方向に行っちゃったらどうしようって。」原田君の瞳の中をじっと見つめる。「もちろん私にとっても」

「うん」原田くんはコーヒーをすすった。まるで意図的に目をそらすみたいに。

でも。何も考えずに話し始めてしまったけれど、私は何を原田君に伝えるべきなのだろう。

「昔、原田君にタルトタタンをおごってもらったときのこと、覚えてる?」

「宮沢賢治のレポートを手伝ったときだよね」

「あの時、原田君が頼んだケーキって何だっけ?」どうしてもそこだけが思い出せなかった。それが気になっていた。

「僕も頼んだのはタルトタタンだったよ」

ことも無げに答えた原田君の声に、私は思い出す。そして気づいたのだ。

あぁ。そうだった。私はまだ一回も、運命の人とするべきことをしたことがなかったのだ。

二人の前の、二個のベイクドチーズケーキを見つめる。欠け始めたふたつのチーズケーキ。

「由紀は運命の人を見つけることができた」

再び原田君の目を見る。私はもう逃げることはできない。

原田君もゆっくりと見つめ返してくる。「うん」

原田君はいつも私の隣にいた。隣にいて、いつも同じ場所を見つめていた。こうやってテーブルに向かい合った時もそう。同じベイクドチーズケーキを見ていた。

原田君と、お互いを見つめあったのは久しぶりだった。

「私にとって、原田君はどういう存在なの?」

ふわりと店の照明が揺れた。夜用照明のオレンジ球が光を灯したのだった。

室内が明るく照らし出されたことで、雨が降りはじめたのが見えた。原田君の向こうに見える窓に水滴が当たっているのが見える。

「それは」原田君は私のほうを見たまま、目線をそっと外した。「僕が決めることじゃないよ」

川村さんが決めることだと思う。原田君はそう言った。

「――そうだよね」そう言われることは分かっていた。けれど、それでも私は聞きたかったのだ。

「ただ、逆ならば言える」原田君は一息に、残りのコーヒーを飲み干した。「僕にとって川村さんは大事な人なんだ。無くしたくない」

それならば私だってそうだ。でも、だからこそ。

その答えは卑怯だと思う。

私はチーズケーキをもう一口食べる。

甘い。とても甘い。ずっとこうやっていられたならば、どんなにか楽だろう。


店の外に出ると、思ったよりも雨は強く降っていた。

準備が良すぎるくらいに良い私たちは、お互いに折り畳み傘を持ってきていた。

持ってきていないことにしてしまおうかと一瞬思ったけれど、原田君が大事そうに抱える本を見たら、とてもそんなことはできそうにない。

「じゃあ帰ろう」

すっかり暗くなってしまった早稲田通りを、ばさりと傘をさして歩き始める。

いくら折り畳み傘とは言っても、傘一つ分の距離はあまりにも大きい。狭い歩道を横に並ぶわけにもいかず、原田君の後ろ姿を見ながら歩く。雨粒の音がうるさくて、私たちの間にはまともに話すこともできない距離が横たわっている。

由紀のメールに私が感じたのは驚きではなかった。今ならばはっきりと自分を見つめることができる。

私が感じたのは焦りだ。

傘を持つ手を秋の風が吹き抜けていく。守るもののない手にとても冷たい。

だから雨は嫌いなのだ。


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7.2 - タルトタタンとベイクドチーズケーキ(2) 

加速度

明日、早稲田に行く用事があるんだけど、暇なら一緒に行かない?

というメールが原田君から入ったのは金曜日の夜だった。お風呂からあがって出てきたら携帯にメールが入っていたのだ。なんだか随分急な誘いだな、と思ったけれど、特に用事もないし、

いいよ。行く。

と返事をした。

大人数で集まったりするときに大学の近くの駅を利用することはたまにあるけれど、大学構内なんてもう何年も行っていない。それどころか、卒業してから2・3回しか行った記憶がない。学祭を見に行くためだったけれど、知り合いが軒並み卒業して行ってからはそれもなくなってしまった。

早稲田駅に着いたのは1時を少し過ぎた辺りだった。東西線の狭い階段を、原田君の後ろに着いて上っていく。

「だいぶ雲が多くなってきたね」

朝は青空に雲の切れ端が一つ二つと浮かんでいたくらいだったのに、今は薄い雲の隙間に青空がちらちらと見える程度になっていた。

とはいうものの、地下鉄の中をずっと通って来た目には刺激が強すぎる。私は手で日光を遮る。「でも、まだまだ眩しい」

地下鉄を抜けて、南門通りのほうへ抜けたらあとは正門へ一直線で辿り着ける。あまり使ったことはないけれど、賑わっている商店街。

「見たことない店がある。」原田君に右手を指し示されてみると、見たことがないこぎれいなカフェがあった。

「確かにこんなきれいな店、なかったなぁ。――もとは何だったっけ」景色が変わってしまったことは分かるけれど、それがもともと何だったのかは今となっては分からない。

「定食屋じゃなかった?」

「旅行会社だったような……」

私たちが大学に通っていた頃の店は、ほとんどそのままそこにあった。だからこそ、ところどころにできている見慣れない店が異質で、知っているはずなのに知らない街という胸をつつく違和感が大きかった。

「そこの店は今も閉まったままなんだね。」原田君は右手の洋食屋を見た。「ここのメンチカツ、一回は食べたかったんだけど。」

看板も暖簾も店の中にずっと入りっぱなしで、明らかに埃がたまっている。入り口の窓に至ってはヒビまで入っている。何年も前につぶれた店だって言われたらそれはそれで納得してしまいそうだけど、私が知っている頃からここはずっとこんな感じの現役の店だった。

「リエはゼミの友達と何回か行ったって言ってたよ。2限が終わった直後が狙い目なんだって。そのために少しだけ早く授業を抜けるって」

「何回も行ったんだ。いいなぁ」

「ナイフを入れた瞬間に出てくる肉汁が勿体無くて、手づかみでかじり付きたくなったって言ってた」そんな姿は想像できないけれど。「多分、それだけおいしいんだろうね」

「本当に、いいなぁ」

話 しながら私たちは空を見ている。125尺の高さがあると言われている大隈講堂の、さらにその先にある空を。半分以上は雲に隠れて、あまり美しくはないけれど。おいしいと評判の洋食屋も、周りに溶け込まない小奇麗で見たことのないカフェも、それと意識することなくいつの間にか通り過ぎている。振り返ることも なく。

正門を抜けて、正面の大隈重信像に向かってずっと続いている真っ直ぐな道を歩く。

「もうすぐ早稲田祭なんだね」

道の両端にはびっしりと立て看板が並べられている。サークルだとかゼミだとかの、早稲田祭でのイベントの告知。片隅では早稲田祭のはっぴを着た学生が数人、板をのこぎりで切ったり釘をがんがんと打ちつけたりしていた。会場の設営だろうか。

「なんか、この中を歩いているだけで早稲田祭に参加してるような気分になるね」

一歩前を歩く原田君の足取りは軽い。

立て看板を持って運ぶ集団とすれ違う。忙しそうだけど、どの顔も表情は明るい。

「お祭りは、準備しているときが一番楽しいんだよね。」私は自分が参加していた頃のことを思い出す。会場設営で遅くなった帰り、すっかり暗くなった街に漂う、お祭り前の高揚感。みんな遅くなるまで準備を楽しんでいた。

「当日は実務が忙しすぎて、お祭りそのものを楽しむ余裕なんてなかったしね」原田君も笑って頷く。「僕は、夏休みくらいにみんなで企画をあーだこーだ考えてる時がいちばん楽しかったな。想像の中では何でもできた。」

「まだまだ時間があると思ってたら、どんどん迫ってきて余裕無くなっちゃうからねぇ」

お祭りの空気を視界の端に捕らえ始めたときにはまだまだそれは遠くて小さい。でも、遠近感を掴むのが苦手な私は、少しずつ近づいてくるそれとの距離をうまく 測れない。とうとう近づくたびに一足飛びに大きさを増していくそれを認識した時には、もうほとんど通り過ぎようとしている。4年間、ずっとそうだった。

そのままキャンパスの建物群を横に突っ切るようにして、私たちは大学の図書館に到着する。門の前には大きなきんもくせいが植わっていて、いつの間にか濃密になっていた雨の気配の中で、その隙間を埋めるように甘い匂いをさせている。

「大学に用事って、図書館だったの?」

「うん。必要な本がここにしかなかったから。」原田君は玄関へと続く階段をゆっくり登っていく。「自分では本が借りられないから、知り合いに頼んで借りてもらうことにして、それを受け取りに来たんだ」

卒業生は図書館に入ることができるけれど、本を借りることはできない。玄関を通り、そのまま入館ゲートを抜ける。

「まだ大学に知り合いなんているのね。」

「ロースクールの後輩だったんだけど、今は大学で助教をやってる」

「ふーん。私がいると邪魔?」

そう私が聞くと、原田君はわずかに目をそらした。「邪魔ではないけど……」

誰かに会いに来る用事なら、ひとこと言ってくれてもよかったのに。

「別にいいよ。久しぶりでちょっと懐かしいから。その辺で何か本を探して読んでる」

「そう? じゃあ、すぐに戻るよ」

言い残して原田君は下へと続く階段を下りていく。私は取り残されてその背中を見送る。

大学に知り合いがまだ残ってるなんて便利なものね。私は思う。どうせここで借りないと読めない資料なんか、今の私は必要としていないけど。

もやもやとわき出る思考に突き動かされるように、図書館の中を歩き回る。
レポートの時期が来るたびにお世話になった図書館だけど、あまり細部まで覚えているわけではない。本棚や机の配置は、多分10年前もこんな感じだったな、という程度の記憶しかないけれど、この図書館の空気は昔からあまり変わっていないと 思う。一体誰が読むのか分からない分厚い専門書と、それらが棚の中にひしめきながら醸し出しているアカデミックな雰囲気、ある種の圧迫感。そしてそこに馴染めずに、なるべく読みやすく写しやすいレポート用の参考図書を見つけ出して逃げたがっている大多数の学生。もちろん私だって大多数側だ。

言語学概論、音韻論、構造主義。分厚く私を威嚇するような本から逃れるように奥へと進んでいく。そういう本は、レポートのネタになりこそすれ、好き好んで読みたい本ではない。授業でやったにしても、内容だってもう覚えていない。文学の棚なんてほとんどそんなんばっかりだけど、端っこのほうには忘れられた昼の残滓みたいに詩集とか文学全集が置かれている。その中に懐かしい名前を見つけた。

銀河鉄道の夜。宮沢賢治の本だ。

昔、 取った授業の講師が宮沢賢治の大ファンだったことがあった。授業の中で「銀河鉄道の夜」を読んで評論と感想をレポートしなさい、というお題があったのだけど、私にはまったく意味が分からなかった。リンゴと炎ばかりがクローズアップされていて、とにかくタルトタタンが食べたくなるお話だという印象しかなかっ た。

結局、レポートのほとんどを原田君に書いてもらったのだけど。あのレポートはどういう内容だったのだろう? 今となっては思い出せないけれど。確かあの時のレポートのお礼は喫茶店のタルトタタンだったはず。
 今こそそれを返してもらう時ではないのか。息がつまりそうな大学の図書館でひとりで待たされているんだか ら。

手持ち無沙汰に銀河鉄道の夜を手にとってぱらぱらと読み始める。ミルキーウェイの話に始まって、牛乳を買って帰る。濃厚なバターが作れる。そして甘そうな角砂糖。これはタルトタタンが出てこなければ嘘だろう、と思う。

ジョバンニが草原に出て、やっと銀河鉄道が近づく音が聞こえてきたというところで、

「お待たせ」と原田君の声が聞こえた。

待たされたことに文句の一つでも言ってやろうかと振り返って口を開きかけたとき、原田君と一緒に女の人が一人立っているのが見えた。

慌てて言葉を飲み込んだのと、誰かほかの人がいるなんて予想していなかったのとで、私は口をぱくぱくさせていたと思う。とにかく原田君に誰これと問う視線を投げる。

「このひとは山下さん。法学部とロースクールの同期で、今は法学部で助教をやってる」原田君はまさに苦笑といった笑顔で言った。「本だけ借りようと思ってたんだけど、会って川村さんを見てみたいって言って着いて来ちゃった」

「初めまして。山下と言います。法学部で助教をやっております。」

そう言いながら、山下助教は私を全身、値踏みするかのように見回す。ひとつが気に入らないと、丁寧な言葉遣いも鼻につきはじめる。私の価値が分かるまでは扱いをどうするか保留しているといった態度。

背が高い。180センチある原田君にはさすがに及ばないけれど、履いているのがスニーカーなのに、いつも見るリエと同じくらいありそう。
 あるいは、すらっと細い全身を包む黒系のタイトな服装がそう見せているのかもしれない。膝丈のスカートから覗く細いふくらはぎも、黒のストッキングに包まれている。メイクは薄いけれど、ファンデーションの香りがふわっと漂っている。

「こちらこそ初めまして。川村千佳子です。会社員です。」

営業用の笑顔でできる限り微笑む。肩書きはあまりかっこよくないけれど、この際仕方ない。こんなことならば、メイクにもう少し気合を入れるか、最低限もう少し高いヒールの靴を履いてくれば良かった。

上から見下ろされるような目線に、期せずして私たちの視線はぶつかる。なんだか無性に腹が立った私は何か嫌みでも言ってやろうかと考えたけれど、それが言葉になる前に向こうが視線をそらした。

「原田くん、ありがとう。川村さんが見れてよかった。」

「あぁ、うん。こっちこそ助かったよ。返す時は返却ポストに返しちゃうから」

それじゃあさようなら、また。と、山下助教は主に私に対して手を振って、もと来た道を地下へと歩いていった。私たちはその背中を見送る。

いったい何だったのか。
 「――びっくりした。誰か連れてくるなら一言言ってくれれば」さっきからのもやもやした気分と驚きと。それを隠すこともしないで私は言う。隠す必要があるとさえ思わない。「なんだかずいぶんな美人さんだったけれど」

「やー……図書館で一日中調べものしてるって言うから、すぐに戻ってこようと思ったんだけど。知り合いと一緒に来たんだっていったら、『噂の川村さんでしょ、見たい』って言いだして聞かなかったんだよ」

「噂の、って」法学部には原田君以外の知り合いなんていない。「すごく釈然としないものを感じるんですけど。何か変な噂でも流してるの?」

「それは山下さんが勝手に言ってるだけだから。気にしないで」視線を未だ階段のほうに向けながら苦笑を浮かべる原田君は、なんだかいつもよりも余裕がないように見えたけれど。まぁいいよ。あんまり突っ込んでも面白い話にはならなそうだから。

原田君が右手に提げた紙袋を見る。チェック柄の、伊勢丹の紙袋。重そうな本が何冊も入っているのが見えた。

何にしてもあの人は、私のことを知っていた。噂の川村さん。それはつまり、原田君は私のことをあの人に言ってるっていうことなのだろう。と思う。どういう言い方なのかは知らないけれど。仕方がないから、今回はそれで許してあげることにしよう。あんまりぐちぐちと思っていても面白くない。

「じゃ、行こうよ。もう用事は終わったんでしょ?」

私は踵を返す。こんなところにいるから気詰まりになってしまうんだ。

「うん。行こう。」原田君は慌てたように着いてくる。入退場ゲートに足を踏み入れて、自動で開く、がこんという音がする。「でも、どこに行くの?」

「タルトタタンを返してもらうんだ。いつか、私があげたタルトタタン。あのときは私がおごったから、今日は原田君におごってもらう」

ガラスの扉越しに、うすうす分かってはいたけれど。扉を開くと、湿った風が吹きつけてきた。埃っぽい空気の匂い。
 金木犀の香りはどこかへ行ってしまった。多分もうすぐ雨が降る。


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